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    <title>れーめんさんのブログ</title>
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    <title>&quot;Forbidden Hollywood: The Hilarious Musical Spoof of the Movies&quot;</title>
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    <published>2008-06-07T12:12:33Z</published>
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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「フォービドゥン・ブロードウェイ」の作者ジェラード・アレッサンドリーニが、パロディの対象をブロードウェイのショーからハリウッド映画に変えて作った、シリーズ番外編のような性格のショーです。これも来日公演があったので見に行きました。替え歌を中心とするスケッチが続く構成や、出演者が男女２名ずつ、ピアノ１台の伴奏といった点は、「フォービドゥン・ブロードウェイ」とまったく同じです。</p>
<p>「フォービドゥン・ハリウッド」は１９９５年に上演されたので、９４～９５年に公開された映画が槍玉にあげられているケースが多いですが、旧作のパロディも含まれています。替え歌の歌詞が辛らつで容赦がないのはここでも一貫しています。</p>
<p>オリジナル・キャスト盤のＣＤから曲をいくつか紹介してみます。</p>
<p>・「フォレスト・ガンプ／一期一会」（１９９４年）</p>
<p>"Life Is Just a Bowl of Cherries"の替え歌で</p>
<p>ガンプに扮した男優がベンチに座っていると一枚の羽根が飛んできます。彼は羽根を指差して、「これ、何の意味があるの？」と言い、「人生はチョコレートの箱のようなもの」なんてバカバカしいクリシェ（決まり文句）だ、と歌います。</p>
<p>・「アラジン」（１９９２年）</p>
<p>"A Whole New World"の替え歌"A Disney World"</p>
<p>アラジンとジャスミンに扮した２人が、ディズニーのキャラクターは世界中に行き渡り、今や全世界がディズニーの支配下に置かれている、と歌います。</p>
<p>・ドリームワークスの三つ子</p>
<p>映画「バンド・ワゴン」（１９５３年）の"Triplets"の替え歌で</p>
<p>スティーブン・スピルバーグ、ジェフリー・カッツェンバーグ、デビッド・ゲフィンに扮した３人が赤ちゃんの格好で登場します。そして、ぼくたちいっしょに会社を作ったけど仲が悪いんだ、残りの２人を撃ち殺して１人になれたらせいせいするのに、と歌います。</p>
<p>・サマー・ムービーズ</p>
<p>まず、メリル・ストリープに扮した女優が登場し、「マディソン郡の橋」（１９９５年）のストーリーを語りはじめますが、なぜか「愛と哀しみの果て」（１９８５年）のときのデンマーク訛りで、わたしはアフリカに農場を持っていたと言ってしまってから、アイオワと言い直します。そこにバットマンに扮した男優が登場し、夏の間は年寄りがキスする映画なんかおよびじゃないんだと、メリル・ストリープを追い払います。ここからは「グリース」の中の"Summer Nights"の替え歌で、サマーシーズンの映画は、突き詰めればセックスと暴力、メル・ギブソンの尻と車の爆発だと歌います。</p>
<p>・「マイ・フェア・レディ」（１９６４年）</p>
<p>"Show Me"の替え歌で"Dub Me"</p>
<p>オードリー・ヘップバーンに扮した女優が登場し、わたしは首が細すぎて声が出ない、だからマーニ・ニクソンを雇って歌を吹き替えにしてちょうだいと歌います。当時、オードリー・ヘップバーンが歌った数曲の録音が保存されていたのが見つかったので、そのニュースを反映させた替え歌でしょう。彼女の音のはずれた歌いぶりを誇張して演じており、わたしは大笑いしましたが、オードリー・ヘップバーンのファンは気を悪くするかもしれません。</p>
<p>「フォービドゥン・ブロードウェイ」のオリジナル・キャスト盤はスタジオ録音ですが、「フォービドゥン・ハリウッド」のそれはライブ録音で、観客の歓声や笑い声も収録されています。観客の反応は上々で、的を射た批評に賛同の拍手を贈っています。たとえば、「アラジン」の替え歌は、ディズニーに魂を抜かれたわたしたちはプラスティックのゴミみたい、ちょうどディズニーのキャラクター人形のように、というブラックな歌詞で終わるのですが、これも大受けです。来日公演のときの周囲の反応は、これほど良くなかったように覚えています。ＣＤを聞きなおしてみて、ジョークの好みがアメリカと日本でかなり違うことを改めて感じました。</p>]]>
        
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    <title>&quot;Forbidden Broadway Strikes Back!&quot;</title>
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    <published>2008-06-06T14:08:22Z</published>
    <updated>2008-06-07T12:12:00Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>"On Broadway, Men Still Wear Hats"で紹介されているジョージ・フェンモアは、現在のブロードウェイよりも、「ガイズ＆ドールズ」の原作などでデイモン・ラニアンが描き出した時代のブロードウェイにふさわしい人物という気がします。彼は、舞台上で使われる小道具を調達するだけでなく、ロビーで販売されるプログラム、Ｔシャツなどの記念品も手がけているそうです。これも＜マーチャンダイジング＞の一環なのだとしたら、彼の同業者はたくさんいます。ミュージカル「キャッツ」や「レ・ミゼラブル」のイギリス人プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュはその代表でしょう。</p>
<p>キャメロン・マッキントッシュのマーチャンダイジング手法をからかった"My Souvenir Things"という曲があります。「サウンド・オブ・ミュージック」の中の"My Favorite Things"（邦題・私のお気に入り）の替え歌になっていて、「フォービドゥン・ブロードウェイ」のために書かれた曲です。＜禁断のブロードウェイ＞と名乗るこのショーは何度も来日していますから、ご存知の方も多いと思いますが、ジェラード・アレッサンドリーニという人の発案によるものです。ブロードウェイのショーやスターを笑いのめしたパロディー満載のスケッチが２０以上、男女２人ずつの出演者によって次々に演じられます。わたしは１９９４、５年ごろに来日公演を２回見ました。伴奏はピアノ１台のみですが、出演者の歌の実力は一流で、替え歌の詞もよく出来ていたし、簡潔な日本語字幕が付いていて、大いに笑わせてもらった記憶があります。</p>
<p>"My Souvenir Things"は２回とも演じられて、とても受けていました。日本のミュージカル上演にも当てはまる内容だからでしょう。このスケッチの出演者は男性１人のみで、「オペラ座の怪人」の怪人のマント姿で登場します。わたしはキャメロン・マッキントッシュ、ブロードウェイのナポレオンだと名乗り、イギリスから来た、見た、勝ったと宣言します。しかし、わたしの何よりの成功はみやげ物の販売だ、と歌った彼が両手を水平に広げると、怪人のマントの内側が観客に見えます。そこには、キーホルダーやマグカップ、ＣＤ、トランプ、「キャッツ」の扮装用の付け髭などが所せましと貼り付けてあるのです。そして、「私のお気に入り」のメロディーにのせ、おみやげの数々を並べて歌っていきます。替え歌の最後はこうです。「ショーを見るまでに１００ドルの出費、劇場を出るまでにさらに１００ドルかかる」。子どもにねだられてＴシャツやマグカップを買う親たちの姿が目に浮かぶようです。</p>
<p>「フォービドゥン・ブロードウェイ」は１９８２年から上演されており、その時々のショーや話題を盛り込んだ新しいスケッチを付け加え、大スターの物まねを中心とする定番のネタと組み合わせて、常にアップデートしながら続いているそうです。来日バージョンは日本でも通じそうなものを選んでいて、そのラインナップを反映したＣＤが発売されました。残念なことに、"My Souvenir Things"はそのＣＤに入っていないようです。わたしが持っているのは、このシリーズのオリジナル・キャスト盤のvol.1からvol.4までを収録した輸入版ＣＤボックスです。"My Souvenir Things"はvol.4の"Forbidden Broadway Strikes Back!"の３曲目です。同ＣＤに入っている、ルー・ダイアモンド・フィリップスとドナ・マーフィが出演した「王様と私」再演のパロディーなどは、来日公演で見た記憶があります。</p>
<p>ＣＤボックスに付いている歌詞カードを読んで、ジェラード・アレッサンドリーニのユーモアがひじょうに辛らつだということに改めて気づきました。"My Souvenir Things"は、まだマイルドなほうです。"Forbidden Broadway Strikes Back!"の中から例をあげるなら、「レント」のメディア露出戦略を揶揄した"Season of Hype"、トム・ハンクス主演映画「ビッグ」（１９８８年）のミュージカル版をバッサリ斬り捨てる"Big"など、両作品のプロデューサーからクレームが来ないのかと心配になります。演劇でも映画でも、自分の支持する作品やスターに関する否定的意見を受け付けない人が時々いますが、そういう人には薦められないショーです。</p>
<p>ショーとして完成度が高いだけでなく、真面目な評論よりも核心を突いてくれる"Forbidden Broadway"は、revueとreviewの混合物とでも呼べそうな、ほかに例のないエンターテインメントだと思います。替え歌で運ばれていくショーなので、表現は省略が多く、ある程度の予備知識が必要です。たとえば、"My Souvenir Things"のすぐあとに続く"Zip"は、「パル・ジョーイ」（映画化名・夜の豹）のナンバーの替え歌で、イレイン・ストリッチを俎上に載せており、彼女の物まねで歌われます。ウディ・アレン映画を通じて彼女に見覚えのある人もいるでしょうが、彼女がアルコールの問題を抱えていたこと、「パル・ジョーイ」のほか、スティーブン・ソンドハイム作詞・作曲の「カンパニー」にも出演したことをおさえておいたほうが笑える歌詞になっています。冒頭、"Does anybody still wear a hat?"と歌っていますが、これは「カンパニー」の中の"Ladies Who Lunch"からの引用で、ストリッチ独特の声と歌い方でトレードマークのようになっている一節なのだそうです。</p>]]>
        
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    <title>&quot;On Broadway Men Still Wear Hats&quot;</title>
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    <published>2008-06-04T14:01:11Z</published>
    <updated>2008-06-07T12:06:49Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「ビル・ポーターの鞄」（２００２年）のウィリアム・Ｈ・メイシーは、セールスの仕事で歩き回るとき、サンプルのカバンを提げているだけでなく、常に帽子をかぶっていました。フェドーラと呼ばれるタイプの帽子で、１９４０年代、５０年代の映画を見ると、新聞記者も刑事も旅のセールスマンも、誰もがかぶっています。メイシーが「サイコ」のリメイクで私立探偵を演じたときのメイキング・フィルムには、彼がフェドーラをとっかえひっかえしながら選んでいる場面があります。メイシーはその中で、オリジナルで私立探偵を演じたマーティン・バルサムへの尊敬の念を口にしていました。</p>
<p>男性が帽子をかぶる流行がなかなか戻ってこない理由について、男性も髪型に凝るようになり、カット代、スプレー代、ムース代など大金をかけたヘアスタイルを世間に見せびらかしたいからだという発言を読んで、なるほどと思いました。その発言の主は、ニューヨーク８番街で帽子店を営むマーク・ルービンです。ブロードウェイで上演されているショーのほとんどが、ルービンの店で売られている帽子を採用しています。主役のスターのかぶる帽子はデザイナーが手づくりしますが、コーラスの人たちの分まで手づくりしていたら予算をオーバーしてしまいます。映画でフレッド・アステアがかぶっているような、トップの部分がたためるトップハットを、日常生活で身に着ける人は今はいませんし、製造しているメーカーも全米で１社しかなく、それをコーラスの人数分常備してある帽子店となると１軒しかないのだそうです。</p>
<p>"On Broadway, Men Still Wear Hats"（Smith and Kraus刊、２００４年）という本は、無名だけれどブロードウェイのショービジネスに欠かせないルービンのような人たちの横顔を紹介した本です。副題は"Unusual Lives Led on the Edges of Broadway"といい、ブロードウェイの端っこに生息する奇妙な人たち、といった意味だと思います。著者のロバート・サイモンソンはplaybill.comの編集者で、劇作家でもあります。</p>
<p>表題になっている章は、ルービンの仕事ぶりを紹介したあと、散髪に９ドルしかかけない彼は今も年中帽子をかぶっていると締めくくられます。ほかの章にも、ふだんはスポットライトを浴びない人たちがいろいろ出てきます。"The Accidental Photographer"という章では劇場で有名人のスナップショットを撮っては新聞社に売っているオーブリー・ルーベン、"The Man With the Emergency Bow Ties"ではネイサン・レインなどのドレッサー（付き人）をつとめてきたケネス・ブラウン、"An Accountant on the Aisle"では会計士をやめてインターネットで劇評を発表しはじめたマーティン・デイトンを取り上げています。もちろん女性もいて、＜ドラマ・ブック・ショップ＞のロザンヌ・シーレン、ツアーに出ているショーのセットを運ぶ運送会社のノーマ・モリッチ・デュールなどの章があります。ショービジネスと長くかかわってきた人たちがとっておきの逸話を披露しているので、ゴシップ本としても楽しめますが、マイナーな分野ではあっても、ショービジネスのプロたちから頼りにされていることの誇らしさが全員の発言から伝わってきて、とても読後感がよかったです。</p>
<p>マーク・ルービンの帽子店が、親の代には数軒あったのを次々にたたんで、１軒だけが残っていることに象徴されるように、家族経営がほとんどの演劇関係ビジネスは、縮小される一方のようです。その典型が"The Primary Distributor of Rosebud Matches to Broadway"の章に出てくるジョージ・フェンモアでしょう。彼の仕事は、舞台で小道具として使われる商品のメーカーと交渉し、企業名をプレイビル（劇場で配られる無料パンフレット）に載せることと引き換えに、商品を無料で手配することです。これは、ハリウッド映画では＜プロダクト・プレースメント＞として現在も大規模に行われている広告手法ですが、劇場の観客数は限られるので企業はうまみを感じないため、どんどん協力が得られなくなっているそうです。フェンモアは＜プロダクト・プレースメント＞という新しい言い方を嫌い、自分の仕事は＜マーチャンダイジング＞だと主張します。＜マーチャンダイジング＞を行っているのはフェンモア１人で、後継者はいません。</p>
<p>「ビル・ポーターの鞄」で、ウィリアム・Ｈ・メイシーは何度か自分を恐竜に例えますが、訪問販売は現在も細々と続いています。ジョージ・フェンモアの＜マーチャンダイジング＞こそ絶滅に瀕していると言えます。彼が亡くなってしまったら、数々のコネを利用して彼が手配していた小道具を集めるのに、劇場関係者たちはかなり苦労するだろうと思います。</p>]]>
        
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    <title>「ビル・ポーターの鞄」</title>
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    <published>2008-06-02T14:11:55Z</published>
    <updated>2008-06-05T13:07:07Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.varietyjapan.com/vblog/004/">
        <![CDATA[<p>セールスマンは、映画や芝居によく登場する職業です。「女と男」（１９９０年）の中の「ブルックス・ブラザースのシャツを着た男」でボー・ブリッジスが演じたり、ウィリアム・ワイラー監督の「黄昏」（１９５２年）でエディ・アルバートが演じたのは、列車で旅に出ているとき、ヒロインと出会うセールスマンの役でした。「皇帝円舞曲」（１９４８年）のビング・クロスビーは蓄音機、「男はつらいよ　寅次郎春の夢」（１９７９年）のハーブ・エデルマンはサプリメント、「ペニーズ・フロム・ヘブン」（１９８１年）のスティーブ・マーティンは楽譜、「大災難ＰＴＡ」（１９８７年）のジョン・キャンディはシャワーカーテンのリングを、旅をしながら売っていました。「ザ・ミュージックマン」（１９６２年）のロバート・プレストンや「ペーパー・ムーン」（１９７３年）のライアン・オニールのように、旅のセールスマンのふりをして、実は詐欺師という設定もありましたし、「裏窓」（１９５４年）のレイモンド・バーのような犯罪者もいました。</p>
<p>セールスマンというだけで、アメリカ人には具体的なイメージがわくのか、主役であれ脇役であれ、セールスマンの仕事が丁寧に描写されることは少ないように思います。演劇の場合は特にそうで、アーサー・ミラー作「セールスマンの死」のウィリー・ローマンは、何を売っているのかが最後まで明らかにされないため、抽象的な印象があります。テネシー・ウィリアムズ作「ガラスの動物園」のアマンダは、電話で雑誌購読のセールスをしていますが、家族を支えられるだけの収入になるのか怪しいです。デビッド・マメット作「グレンギャリー・グレン・ロス」に出てくる不動産セールスマンたちの会話も、現実味は乏しいと思います。</p>
<p>わたしが見た範囲内で、セールスマンの日常がもっとも詳しく描かれていたのは「ビル・ポーターの鞄」（２００２年）というＴＶムービーです。脳性マヒで体に障害があるのにセールスマンとして成功した人物の実話もので、「ファーゴ」（１９９６年）などのウィリアム・Ｈ・メイシーがビル・ポーター役です。母親（ヘレン・ミレン）の励ましで、ビルがワトキンズ社に自分を売り込むことに成功した日（１９５５年１０月）からはじまり、最初の顧客（キャシー・ベイカー）を獲得するまでの苦労や、その後のお得意さんたちとの交流が描かれていくのですが、その合間に、大きなカバンを携えて足をひきずりながら歩くビルの姿がくり返し出てきて、１日に何マイルも移動する、体力を要する仕事ぶりが伝わってきます。イラストやサンプルを見せて注文をとり、あとで品物を配達するところまでがセールスマンの役目です。ビル・ポーターは車の運転ができないので、バスと歩きで移動し、配達もこなします。１９７０年、脊椎を痛めたビルは、配達を助手に任せることにします。助手として雇われたシェリー（キラ・セジウィック）と二人三脚で働く場面が続きますが、現在に近づいてくるにつれ、セールスの仕事も変化します。変化にともない、戸別訪問というセールスの手法が時代遅れになっていくのも見てとれました。</p>
<p>モデルとなったビル・ポーター氏は、７０歳を過ぎた今もワトキンズ社のオンラインショップでセールスの仕事を続けています。サイトで彼の写真を見ると、ウィリアム・Ｈ・メイシーがメイクアップで顔を似せることに成功しているのがわかります。この作品は、４０年近い時間の経過を描いていますが、衣装や小道具で時代の移り変わりをきちんと見せていました。劇場用映画に比べて低予算のＴＶムービーでも、そういうところをおろそかにしていないのが立派です。また、基本はシリアスですが、ビルが旅のセールスマンにまつわるダーティー・ジョークを披露する場面があって、笑いの要素も忘れていません。エミー賞で、作品、監督（スティーブン・シャクター）、主演男優、脚本（メイシーとシャクターの共同）など６部門の賞を獲得しています。</p>]]>
        
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    <title>「女と男」「女と男２」</title>
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    <published>2008-05-31T14:08:41Z</published>
    <updated>2008-06-01T17:30:20Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>"Chillers"（１９９０年）はパトリシア・ハイスミス（アメリカ、テキサス州生まれ）の短編ばかりをヨーロッパ中心のスタッフ、キャストで映像化していて、彼女のヨーロッパでの人気のほどをうかがわせます。同年、アメリカのケーブルテレビ局ＨＢＯが企画した"Women and Men"は、アメリカ人作家３人による３つの短編を、英米中心のスタッフ、キャストで映像化したもので、翌年、同じ趣向の続編が作られました。わたしが見たのはＮＨＫ　ＢＳ－２が放送した吹き替え版で、「女と男」、「女と男２」というタイトルでした。字幕版はＶＨＳが発売されており、それぞれ「ラブ・アフェアー」、「男が女を愛する時」という邦題がついています。日本版ＤＶＤは出ていないようです。</p>
<p>各編の内容は次の通りです。</p>
<p>「女と男」（原題：Women and Men: Stories of Seduction、１９９０年）</p>
<p>第１話　ブルックス・ブラザースのシャツを着た男</p>
<p>長編小説「グループ」（シドニー・ルメット監督が映画化）で知られるメアリー・マッカーシーの短編が原作です。監督・脚色は「いつも２人で」（１９６７年）、「アイズ・ワイド・シャット」（１９９９年）などの脚本家フレデリック・ラファエル。妻子持ちの旅のセールスマン（ボー・ブリッジス）と左翼思想に傾倒する女性ジャーナリスト（エリザベス・マクガバン）という、まったく共通点のない２人が列車で知り合い、行きずりの関係を持つ話です。</p>
<p>第２話　花火の前のたそがれ</p>
<p>「ミセス・パーカー／ジャズエイジの華」（１９９４年）でジェニファー・ジェイソン・リーが演じていた作家ドロシー・パーカーの短編に基づいています。監督はケン・ラッセル、脚色は女優としても活躍するバレリー・カーティンです。キット（モリー・リングウォルド）がプレイボーイの恋人ホービー（ピーター・ウェラー）のアパートを訪れます。２人だけの時間を過ごすつもりだったのに、何度も電話がかかってきて、それが女性からばかりなので、キットは嫉妬心にさいなまれます。</p>
<p>第３話　白い象のような山</p>
<p>アーネスト・ヘミングウェイの短編が原作です。３つの中でもっとも有名で、日本語訳も手に入りやすい小説です。監督はトニー・リチャードソンで、「哀しみの街かど」（１９７１年）、「告白」（１９８１）などの脚本家夫婦、ジョーン・ディディオンとジョン・グレゴリー・ダンが脚色しています。スペインのある駅で、男（ジェームズ・ウッズ）と女（メラニー・グリフィス）が列車を待ちながら、何事かを話し合っています。原作では、２人が何を話しているかはぼかされ、読者の想像にまかされています。この映像化では、はっきり何の話をしているかがわかるように描かれています。ぼかしたまま映像化してほしかったです。</p>
<p>「女と男２」（原題：Women and Men: In Love There Are No Rules、１９９１年）</p>
<p>第１話　カンザス・シティに帰る</p>
<p>原作は、日本でもよく読まれているアーウィン・ショーの短編集「夏服を着た女たち」（講談社文庫）に収められています。監督と脚色は、「ザ・フロント」（１９７６年）の脚本家で、自身も赤狩りを経験したウォルター・バーンスタインが手がけています。ボクサーのエディー（マット・ディロン）は、妻（キラ・セジウィック）が子どもを連れてカンザス・シティに帰省する費用を捻出するため、大きな試合に出ることになります。時代背景は大恐慌のころのニューヨークで、ちょっとした台詞やセットなどの美術に、時代色がよく出ている作品です。</p>
<p>第２話　家庭の事情</p>
<p>カーソン・マッカラーズの短編小説の映像化です。原作の邦訳は「悲しき酒場の唄」（白水Ｕブックス）に入っています。ジョナサン・デミがプロデュースし、彼の映画にかかわることの多いクリスティ・ズィーとロバート・ブレスロがそれぞれ監督と脚色にクレジットされています。広告代理店で働くマーティン（レイ・リオッタ）には妻エミリー（アンディ・マクドウェル）がいますが、エミリーは昼間から酒を手放さず、幼い子ども２人の世話もおろそかになりがちで、マーティンは仕事に集中できない有様です。この作品は朝鮮戦争の時代が背景になっています。</p>
<p>第３話　マーラ</p>
<p>ヘンリー・ミラーの短編「マリナンのマーラ」を基に、マイク・フィッギスが脚色と監督を担当しています。作家のヘンリー（スコット・グレン）はパリの街角で娼婦たちとトラブルになっていたマーラ（ジュリエット・ビノシュ）を救ってやり、食事を共にします。自分は娼婦じゃないと言うマーラとヘンリーは路地裏で愛し合います。マーラというのは、「ヘンリー＆ジューン／私が愛した男と女」（１９９０年）でユマ・サーマンが演じたジューンと同じ女性だそうです。「ワン・ナイト・スタンド」（１９９７年）など、のちのフィッギス監督作品に通じるムードを持った作品です。</p>
<p>以上、６つの短編は、男女の会話が中心という共通点はあるものの、印象はかなりバラバラで、出来もバラつきがあります。両方とも第１話の出来がよく、見ごたえがあると思いました。ふだん映画で見かけるときとイメージの違う役柄に取り組んでいる俳優が多いのも特徴です。「ロボコップ」のピーター・ウェラーがプレイボーイを演じたり、スコット・グレンが作家を演じたりしている長編は見た記憶がありません。両者のファンには見逃せない作品でしょう。</p>
<p>ミステリーやＳＦのジャンルに属する短編を映像化するテレビシリーズはよくありますが、純文学系統の短編を取り上げる企画はひじょうに珍しいです。劇場用の長編でも、純文学の映画化に取り組む監督が少なくなりました。「女と男」に続く作品が、テレビでも劇場用映画でもいいから、作られてほしいと思います。</p>]]>
        
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    <title>&quot;Chillers/The Thrill Seeker&quot;</title>
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    <published>2008-05-30T12:36:22Z</published>
    <updated>2008-05-31T12:53:52Z</updated>

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    <author>
        <name> れーめん</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.varietyjapan.com/vblog/004/">
        <![CDATA[<p>パトリシア・ハイスミスの短編小説に「危ない趣味」という作品があります。掃除機のセールスマンが主人公で、彼は一人暮らしの女性宅に上がりこんでは小さな装飾品を盗み出し、記念品としてコレクションしています。妻との仲は冷え切っていて、自分が女嫌いと自覚しているのに、インテリ風の女性を騙すことに熱中する男を描いた、不気味なストーリーです。この短編は、現在は「目には見えない何か　中後期短編集　１９５２－１９８２」（河出書房新社）という単行本で読めますが、わたしが最初に読んだのはペンギンブックスの"Chillers"に収録されていた原文でした。</p>
<p>"Chillers"は１９９０年に作られた、パトリシア・ハイスミスの短編ばかりを映像化したテレビシリーズのタイトルです。同名の本には原作となった１２の短編が収められていて、テレビ番組とのタイアップで出版されました。ハイスミスは、「見知らぬ乗客」（１９５１年）と「太陽がいっぱい」（１９６０年）の原作者として日本でも知名度は高いけれど、残念ながら人気は今ひとつなので、ロアルド・ダールやレイ・ブラッドベリならともかく、＜ハイスミス劇場＞が海外で放送されたと知って驚きました。それ以来、いつか見てみたいと思い続けていました。</p>
<p>アマゾン・コムで"Chillers"の３枚組ＤＶＤがアメリカで発売されたことを知り、購入してみました。リージョンフリーらしく、日本製プレーヤーでも再生できました。ホスト役はアンソニー・パーキンス、テーマ曲はジョルジュ・ドルリューの作曲で、毎回そこそこ名の通ったスターが出ています。期待して見始めましたが、１枚目を見た限りでは期待は裏切られました。原作と離れたコメディー・タッチの誇張が目立ち、空回りしている印象なのです。</p>
<p>「危ない趣味」の映像化"The Thrill Seeker"を例にとりますと、まず主人公（ジャン＝ピエール・ビソン）の職業がセールスマンから事典の校正係に変えられています。彼が事典を読んで得た付け焼刃の知識を披露すると、上がりこんだ家の女性は感心して彼をその分野の専門家と信じてしまいます。このあたりのやりとりが大袈裟で、笑うに笑えませんでした。原作でも、主人公はブリタニカ百科事典をほとんど読破していて、女性との会話に活かしていますが、ブリタニカはセールスマンが売り歩いたことで有名ですし、仕事がセールスだから無理なく女性の信用を得て家に上がりこめるわけで、職業設定は変えないほうがよかったと思います。この主人公は、トム・リプリーと同じで、他人になりすます能力を持っていますが、ドラマではスパイごっこでもしているかのように見えました。パスカル・ボニツェール（「ブロンテ姉妹」（１９７８年）、「ランジェ公爵夫人」（２００７年）など）の脚色は、主人公にからむ女性の一人（マリサ・ベレンソン）について、やはり原作にない後日談を付け加えていて、これも安易な発想でがっかりしました。原作もブラック・ユーモアの要素を含んでいますが、この脚色はユーモアのさじ加減に失敗していると思います。</p>
<p>"Chillers"は、スタッフとキャストがイギリス、アメリカ、フランスの混成なので、台詞の一部が英語吹き替えになっています。吹き替えとそうでない部分とのトーンがちぐはぐで聞きづらいこともマイナス点です。全部が日本語に吹き替えられていれば気にならなかったでしょう。</p>
<p>ペンギンブックスの"Chillers"の序文で、ハイスミスは、短編小説を書くとき、最初の一文で読者を引き込むよう努力していると述べています。それは、友だちに向かって「面白いジョークがあるんだけど、聞きたい？」と言うようなものだそうです。ハイスミス作品を読んでいると、ブラック・ユーモアのセンスは感じるものの、彼女がパーティーでジョークを披露するタイプとは到底思えません。もしかすると、わたしがハイスミスに先入観を持っていて、そのせいで映像化されたものがコメディー寄りになりすぎていると感じたのかもしれません。残り２枚のＤＶＤを見て、考えが変わったらここに書きます。今回は、続きの部分に"Chillers"で取り上げられた短編の邦訳とキャストを一覧にしておきます。</p>]]>
        <![CDATA[<p>"Chillers"</p>
<p>全話解説：アンソニー・パーキンス</p>
<p>第１話　猫が引きずり込んだもの（「黒い天使の目の前で」扶桑社ミステリー文庫）　別題：猫の獲物</p>
<p>出演：エドワード・フォックス、マイケル・ホーダーン、ロザリンド・エアーズ、ビル・ナイほか</p>
<p>第２話　しっぺがえし（「ディナーで殺人を」創元推理文庫）　別題：偕老同穴</p>
<p>監督：クレア・ペプロー、出演：イアン・マクシェーン、グウェン・テイラーほか</p>
<p>第３話　うちにいる老人たち（「黒い天使の目の前で」）</p>
<p>出演：ブリジット・フォッセー、ジャン＝ピエール・バクリ、オデット・ロールほか</p>
<p>第４話　危ない趣味（「目には見えない何か」河出書房新社）　別題：趣味はスリル</p>
<p>出演：ジャン＝ピエール・ビソン、マリサ・ベレンソン、マリリン・イーブンほか</p>
<p>第５話　総決算の日（「動物好きに捧げる殺人読本」創元推理文庫）　別題：精算</p>
<p>監督：サミュエル・フラー、出演：アサンプタ・セルナ、フィリップ・レオタール、クリス・キャンピオンほか</p>
<p>第６話　どうにでもなれ！（「黒い天使の目の前で」）</p>
<p>出演：ステファーヌ・フライス、アン・ジゼル・グラス、ヴィヴィアーヌ・ヴィヴ、ジェレミー・クライドほか</p>
<p>第７話　風に吹かれて（「風に吹かれて」扶桑社ミステリー文庫）</p>
<p>出演：ジェームズ・フォックス、ジャン＝ピエール・カッセル、マリアム・ダボほか</p>
<p>第８話　奇妙な自殺（「風に吹かれて」）</p>
<p>出演：ニコル・ウィリアムソン、ジェーン・ラポテア、バリー・フォスター、ラルフ・ブラウンほか</p>
<p>第９話　恋盗人（「１１の物語」ハヤカワ・ミステリ文庫）　別題：待ち焦がれた男</p>
<p>監督：ダミアン・ハリス、出演：ポール・リース、イングリッド・ヘルドほか</p>
<p>第１０話　狂気の詰め物（「ゴルフコースの人魚たち」扶桑社ミステリー文庫）</p>
<p>監督：マイ・ゼッタリング、出演：イアン・ホルム、アイリーン・アトキンスほか</p>
<p>第１１話　黒い天使の目の前で（「黒い天使の目の前で」）</p>
<p>出演：イアン・リチャードソン、ピーター・ヴォーン、アンナ・マッセイほか</p>
<p>第１２話　一生背負っていくもの（「風に吹かれて」）</p>
<p>出演：チューズデイ・ウェルド、ダニエル・オルブリフスキーほか</p>]]>
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    <title>「二重結婚者」</title>
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    <published>2008-05-28T13:49:00Z</published>
    <updated>2008-05-30T03:39:48Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「ヒッチコック劇場／殺しの順番」は、旅のセールスマンの重婚をコメディーとして扱っていましたが、女優のアイダ・ルピノが監督・出演を兼ねた映画「二重結婚者」（１９５３年）は、シリアスな社会派ドラマとして作られています。日本では劇場未公開に終わった作品で、しばらく前からＣＳで放送されていたようですが、わたしは最近になってファーストトレーディングの５００円ＤＶＤで見ました。</p>
<p>映画は、サンフランシスコに住むハリー（エドモンド・オブライエン）とイブ（ジョーン・フォンテーン）のグラハム夫妻が、養子斡旋所で必要書類にサインし終えたところから始まります。斡旋所のミスター・ジョーダン（エドマンド・グウェン）は、これから数か月かけて身辺調査をしますと言ったとき、ハリーの表情がくもったのを見逃しません。ハリーは冷凍庫を販売する会社に勤め、ロサンゼルスとフロリダでセールスを担当しています。ミスター・ジョーダンが調査を始めると、ハリーがロサンゼルスに別宅を持っていることが判明します。ジョーダンがその家を訪れると、ハリーがいて、しかも子どもの泣き声が聞こえてきました。</p>
<p>ここからは、ハリーがジョーダンに打ち明ける過去の出来事が、フラッシュバックで描かれます。グラハム夫妻は結婚８年目ですが、４年前、イブが子どもの出来ない体であることがわかりました。ハリーはイブに自分と同じ会社で働くことをすすめ、イブは仕事に没頭します。ハリーはロサンゼルスのホテルで週末を過ごしているとき、孤独に耐えられなくなり、バス・ツアーに参加して隣席のフィリス（アイダ・ルピノ）と知り合います。フィリスがウェイトレスとして働く中華料理店で逢瀬を重ねるうち、深い仲になってダニーという男の子を恵まれたのです。</p>
<p>女性の監督作品で、ビリングのトップも女性（フォンテーン）なのに、重婚者のハリーにかなり同情的に描かれているのに驚きました。ハリーは旅のセールスマンといっても、アタッシュケースにサンプルを詰めて訪問販売しているわけではなく、ロサンゼルスとフロリダの販路を開拓するセールス担当重役か何かのようで、２つの家庭を維持していく経済力があります。このあたりが、裕福な女性ばかりを結婚相手に選んで貢がせていた「殺しの順番」のダン・デュリエや「ＬＡロー」のジョー・メイズと違うところです。</p>
<p>フィリスと交際を始めてしばらく、ハリーは既婚者であることを隠しています。それを打ち明けなくてはならなくなる経緯を偶然に頼っていることに代表されるように、ストーリーの構成が少し安易だと思います。ミスター・ジョーダンがハリーの別宅を見つける過程も、私立探偵小説風に凝ってほしかったところです。おそらく作り手は、隙のない脚本構成より、主役の３人から情感たっぷりの演技を引き出すことのほうを重視したのでしょう。その点では成功していると思います。「二重結婚者」は、スティーブン・ジェイ・シュナイダー編「死ぬまでに観たい映画１００１本」（ネコ・パブリッシング刊）に選出されるなど、小品ながら高く評価されています。</p>
<p>わたしにとって、「二重結婚者」でいちばん面白かったのは、バス・ツアーの描写でした。ハリウッドの有名人の邸宅をバスの車窓から見学するもので、運転手が「右手に見えるのがジャック・ベニーの家です」などとガイドします。ジェームズ・スチュアート宅の前を通るときは、「ハーヴェイ」の友だち、ジミー・スチュアートの家と言ったりします。ゴシップ・コラムニストのルエラ・パーソンズの名前が出てきたので、コラムニストは映画スター並みに高収入なのだなと感心しました。ケッサクなのが、ミスター・ジョーダン役で出演しているエドマンド・グウェンの家まで、サンタクロース役で有名な俳優の家として紹介していることです。ハリーは、それをきっかけに「三十四丁目の奇蹟」（１９４７年）を見たかとフィリスに話しかけます（最初のほうのハリーとイブの会話でも、ジョーダンのことをサンタクロースと言ってます）。さらに、バーバラ・スタンウィックの家も出ますが、「深夜の告白」（１９４４年）での彼女の役名がフィリスだったのは偶然でしょうか。</p>
<p>もうひとつトリビアを付け加えるなら、この作品のプロデューサーで脚本にもクレジットされているコリアー・ヤングは、この映画の時点ではジョーン・フォンテーンの夫でしたが、前年まではアイダ・ルピノの夫でした。この３人の顔合わせで重婚がテーマの映画を作るとは、ちょっと信じがたい話です。</p>]]>
        
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    <title>「ヒッチコック劇場／殺しの順番」</title>
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    <published>2008-05-26T13:24:44Z</published>
    <updated>2008-05-30T12:36:06Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「ＬＡロー　"The Venus Butterfly"」の録画で重婚男を見ていて、数年前に東京で発覚したハーレム男のケースを連想したほか、もう１つ思い出したのが、再放送で見た１時間ものの「ヒッチコック劇場」のエピソードでした。１時間ものの"The Alfred Hitchock Hour"は、「ヒッチコック・サスペンス」や「ヒッチコックアワー」など、邦題がいろいろあって混乱するので、３０分ものと同じ「ヒッチコック劇場」に統一させてもらいます。</p>
<p>"Three Wives Too Many"という原題が示すように、この話の主人公には４人の妻がいます。彼の職業がtraveling salesmanであることは、冒頭の解説でヒッチコック監督が明らかにします。解説の最後に、ヒッチコック監督が"Speaking of a salesman..."と別の話を始めようとしたところで、画面がフェイドアウトし、ドラマが始まります。最初に登場するのは、主人公ではなくテレサ・ライト（「疑惑の影」、「ミニヴァー夫人」など）扮するマリオンです。彼女がブラウンと表札の出ているアパートの呼び鈴を押し、留守をまもっているミセス・ブラウンが顔を出します。マリオンがミスター・ブラウンの仕事のスケジュールを詳しく知っているので、ミセス・ブラウンは初対面のマリオンを信用し、部屋へ通します。マリオンは、自分もブラウンの妻だと打ち明け、結婚証明書と新婚旅行の写真を見せます。女たちは、重婚男を刑務所に送ってやると意気投合し、酒を飲みながら今後について話し合うことにします。マリオンは、青酸カリをこっそり酒に入れ、ミセス・ブラウンに飲ませてアパートを去ります。</p>
<p>このあとようやくミスター・ブラウンが登場します。演じているのは「飾り窓の女」（１９４４年）などの悪役俳優ダン・デュリエで、テレサ・ライトとは「偽りの花園」、「打撃王」以来、３度目の共演です。彼は化粧品会社のセールスマンで、４つの担当区域を飛行機で飛び回っており、それぞれの土地に妻がいました。彼がマリオンに留守を預け、冒頭のミセス・ブラウンのアパートに行くと、警察が現場検証をしているところでした。警察は、ミスター・ブラウンを疑いますが、アリバイがあったので自殺説に傾きます。</p>
<p>マリオンが自分以外の３人を殺すつもりだろうことは、誰もが予想するところなので、ヘタをするとこれから先は同じパターンのくり返しになってしまうでしょう。しかし、２度目の殺人の場面にちょっとしたひねりが用意されていて、３度目は省略を効かせてあり、くり返しはうまく避けられています。そのあとは、マリオンとミスター・ブラウンの対決シーンとなり、主役２人の芝居をたっぷり見せてくれます。久しぶりに再見しましたが、楽しめるブラック・コメディーでした。</p>
<p>このエピソード（１９６４年放送）には原作の小説があります。「大時計」（レイ・ミランド主演の同名作、ケビン・コスナー主演の「追いつめられて」と２度映画化）のケネス・フィアリングが書いた「多妻主義者」という短編です。デビッド・Ｃ・クック編「戦後推理小説・ベスト１５」（荒地出版社）に訳出されているそうです。脚色は「グレート・レース」（１９６５年）、「女子大生悪魔の体験入学」（１９７３年）、「ブルベイカー」（１９８０年）などのアーサー・ロス。演出は、「宇宙水爆戦」（１９５４年）などのジョセフ・Ｍ・ニューマンです。彼は"The Alfred Hitchcock Hour"を他にも多数手がけていて、その中には人気の高い"An Unlocked Window"（エセル・リナ・ホワイト原作）も含まれます。わたしはカラーで３０分ものとしてリメイクされたバージョンしか見ていないので、ぜひモノクロ版を見たいと思っています。</p>
<p>ヒッチコック監督が解説の最後で言おうとしたことは何だったのでしょうか。わたしはジョークだと想像しています。ミスター・ブラウンのような旅から旅のセールスマンは、ジョークによく出てきます。＜港々に女あり＞的な生活を送るセールスマンのジョークも無数にあると思います。原作を書いたケネス・フィアリングも、そうしたジョークを聞いて短編のアイデアを思いついたのかもしれません。</p>]]>
        
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    <title>「ＬＡロー　&quot;The Venus Butterfly&quot;」</title>
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    <published>2008-05-25T12:18:25Z</published>
    <updated>2008-05-26T13:22:40Z</updated>

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    <author>
        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>マイケル・タッカーが「ヒル・ストリート・ブルース」にゲスト出演したのは、第５シーズンの「新主任」、「処刑」のエピソードでジル・アイケンベリーと夫婦共演したときが初めてではなく、第１シーズンの「炎の女」の回に宝石泥棒役で出たときです。このときはタッカーのみの単独出演でした。「炎の女」のエピソードで脚本にクレジットされているアラン・レイキンズは、「ＬＡロー」でダグラス・ブラックマン役を演じた俳優で、スティーブン・ボチコの姉ジョアンナ・フランクの夫です。ジョアンナ・フランクは「ＬＡロー」でダグラス・ブラックマンの妻シーラを演じました。つまり、「ＬＡロー」には、プロデューサーの身内の夫婦２組が出演して、ドラマでも夫婦役を演じていたことになります。</p>
<p>「ＬＡロー」がスタートしたとき、マイケル・タッカー演じるスチュアートとジル・アイケンベリー演じるアンは、同じ法律事務所に勤めていて以前から知り合いだったけれど付き合いはじめたばかり、という設定でした。"The Venus Butterfly"は、パイロット版を除くと８話目にあたりますが、このエピソードがカップルの転機になります。</p>
<p>スチュアートは税法が専門で、離婚や遺産相続などの家庭法が専門のアーニー（コービン・バーンセン）といっしょに、重婚罪で捕まったフォスター・トラウトマン（ジョー・メイズ）のケースを担当することになります。アーニーの台詞で、重婚は離婚弁護士にとってホールイン・ワンのようなものと言わせているところを見ると、重婚だけで珍しいケースなのでしょうが、「ＬＡロー」は誇張した極端な事件をよく扱っていて、これもその一例なので、トラウトマンには同時に１１人の妻がいたことになっています。彼は、妻Ａの土地を担保に借りた金で妻Ｂに車を買ってやったり、妻Ｃが質に入れたと思っていたコートを妻Ｄにプレゼントしたりして、互いに面識のない１１人の女性に貢がせつつ、彼女たちの間を渡り歩いていました。スチュアートとアーニーは、１１人の妻を会議室に集めて話を聞き、トラウトマンの罪状を整理しようとしますが、美人で裕福だけれど孤独な女たちは、自分を愛してくれたのはトラウトマンだけ、彼に牢屋に入ってほしくない、と口をそろえます。トラウトマン側についた弁護士リネット（シーラ・ウォード）もなかなかの美女で、１２人目の被害者ではないかと推測されます。</p>
<p>リネットに頼まれて、スチュアートは留置所でトラウトマンに面会します。彼は、頭のてっぺんが禿げ上がった冴えない男でした。スチュアートが彼に言います。「あんた、ケイリー・グラントってわけじゃないのに、どうやって１１人もの女性に結婚を承諾させたの？　わたしなんて１人もムリなのに」。トラウトマンは、秘密は＜ヴィーナス・バタフライ＞だと答えます。そういう名前のベッドでのテクニックを習得したおかげで、女性たちは彼に夢中になったのです。トラウトマンはスチュアートにいくつか質問し、彼がアンを本当に愛していると悟ると、＜ヴィーナス・バタフライ＞を伝授します。トラウトマンはスチュアートの耳元でささやくだけなので、視聴者には詳細は不明です。</p>
<p>このエピソードでは、ほかにシリアスな事件が２つ描かれて、どちらも重い結末を迎えますが、いちばん最後に置かれているのは、ホテルの一室にいるスチュアートとアンの事後の場面です。アンはスチュアートに、３６年生きてきた中で最高のエクスタシーを味わったと打ち明け、スチュアートも今のは＜ヴィーナス・バタフライ＞というのだと打ち明けます。アンは、さっさとルームサービスを頼んで、そのあと＜ヴィーナス・バタフライ＞をもう１度してとねだるのでした。</p>
<p>もちろん＜ヴィーナス・バタフライ＞は脚本家がこしらえた架空のテクニックで、いわば、ヒッチコック監督が映画のプロットを説明するときに用いた＜マクガフィン＞の応用なのですが、このエピソードが放送された翌日から、テレビ局に「もったいぶらずに＜ヴィーナス・バタフライ＞がどんなものか教えろ」という問い合わせが殺到したのだとか。このあと＜ヴィーナス・バタフライ＞はランニング・ギャグとしてシリーズ中に何度か登場し、始まったばかりの「ＬＡロー」の知名度をアップさせる役目を果たしました。もう１つのランニング・ギャグとして、トラウトマンの頭の禿げ具合が、アラン・レイキンズ扮するダグラス・ブラックマンの禿げ具合にそっくりというのがありました。シリーズが進むにつれ、ダグラス・ブラックマンの異母兄弟が２人出てきますが、皆、同じ禿げ方に統一されています。</p>
<p>"The Venus Butterfly"の脚本には、パイロット版と同じくスティーブン・ボチコとテリー・ルイーズ・フィッシャー（「女刑事キャグニー＆レイシー」など）の名前がクレジットされています。このエピソードはエミー賞の最優秀脚本賞を獲得しました。演出はドナルド・ペトリー（映画「ミスティック・ピザ」など）で、同じくエミー賞にノミネートされましたが、受賞したのはパイロット版を演出したグレゴリー・ホブリット（映画「真実の行方」など）でした。"The Venus Butterfly"の評価が高いのは、艶笑小話を下品にならないよう上手くさばいただけでなく、ほかのシリアスなストーリーラインを織り込みながら、トーンをくずさずに１つにまとめあげたからだと思います。</p>
<p>放送から２０年以上経ち、"venus butterfly"は「ＬＡロー」を離れて一人歩きしています。現在、この言葉でネット検索すると、おとなのおもちゃを扱うサイトや性の悩みに答えるＱ＆Ａのサイトがたくさんひっかかります。怪しげなところが多いので、見出しを見ただけでクリックはしていませんが、＜ヴィーナス・バタフライ＞という名前のおもちゃやテクニックが存在することになっているのは分かります。嘘から出た真、といったところでしょうか。「北北西に進路をとれ」の架空のスパイ、ジョージ・カプランが、ケイリー・グラントのおかげで実在する羽目になるという展開にも似ています。</p>
<p>＜ヴィーナス・バタフライ＞の成功は、今も影響を与えているようです。数年前、「レスキュー・ミー」という消防士のドラマに＜ヴィーナス・バタフライ＞が引用されていたり、昨年の秋にスタートした"Dirty Sexy Money"というドラマには＜イタリア人の銀行家＞という体位の名前が副題になっている回があると聞きました。どちらも未見ですが、艶笑小話は好きなので、チャンスがあれば見てみたいものです。</p>]]>
        
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    <title>「ヒル・ストリート・ブルース／新主任・処刑」</title>
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    <published>2008-05-23T14:00:07Z</published>
    <updated>2008-05-25T04:10:56Z</updated>

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    <author>
        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>マイケル・タッカーは"I Never Forget a Meal"の中で、さまざまな知人を登場させていますが、いちばん興味深かったのはスティーブン・ボチコです。彼はテレビドラマ「ヒル・ストリート・ブルース」（１９８１～８７年）や「ＬＡロー」（１９８６～９４年）のプロデューサーで、近年は小説（「デス・バイ・ハリウッド」文藝春秋・刊）にも手を染めています。タッカーとボチコは同じ大学で演劇を専攻した仲です。</p>
<p>ボチコのことは"I Never Forget a Meal"の第１６章に書かれていて、まずタッカーが妻のジル・アイケンベリー（映画「新・明日に向って撃て」、「ミスター・アーサー」など）とともに「ヒル・ストリート・ブルース」にゲスト出演したときのエピソードで始まります。当時、「ヒル・ストリート・ブルース」は４年目を終了したところでした。ヨーロッパでの放送が始まるため、ボチコは仕事でロンドンに向かう予定で、その途中、舞台中心に仕事をしていたタッカー夫妻の住むニューヨークを訪れ、フォー・シーズンズで食事をともにします。タッカー夫妻は、「ヒル・ストリート・ブルース」に夫婦の役でゲスト出演してほしいと頼まれます。</p>
<p>２人が出演を承諾したのが、第５シーズンの１回目（新主任）と２回目（処刑）のエピソードでした。２人は都会に出てきてレンタカーで移動するうち、道に迷ったあげく犯罪に巻き込まれ、車も荷物も盗まれてしまった田舎者夫婦を演じました。ニール・サイモンが映画用に書き下ろした「おかしな夫婦」（１９７０年）のジャック・レモンとサンディ・デニス（リメイクではスティーブ・マーティンとゴールディ・ホーン）に近い役どころです。警察に保護され、パトカーで署に向かう途中、盗難車の追跡に付き合わされるあたりは、「ファール・プレイ」（１９７８年）でサンフランシスコ観光をしていた日本人夫婦のようでもあります。</p>
<p>「ヒル・ストリート・ブルース」は、複数のストーリーラインが同時進行する作りで、この２回分には＜安ホテル作戦＞という潜入捜査が出てきます。これは盗品の売買に使われているホテルに刑事たちがもぐり込み、取り引きの現場を押さえるもので、タッカー夫妻演じる田舎者夫婦は、この話に絡んできます。所持品をすべて奪われた夫婦が、犯罪被害者救済のボランティア団体に紹介されて泊まることになったのが、偶然にも同じホテルだったのです。妻は、そのホテルを仕事場にしている娼婦が、自分のドレスを着ているのに気づきます。その娼婦が実は女装した黒人男性というあたりが、スティーブン・ボチコの手がけるシリーズに共通したひねりというか、ジョークに近い展開です。「ＬＡロー」を見ていた方ならご存知でしょうが、タッカー夫妻は＜ノミの夫婦＞で、ジル・アイケンベリーのほうが背が高いのです。盗品の中からホテルで売りさばかれたドレスを男性が買い、着ているところを元の持ち主に見られるという筋書きは、背の高いアイケンベリーを想定して書かれたものと推測できます。「新主任」と「処刑」には重いストーリーラインも含まれていて、タッカー夫妻の役割は暗いムードを中和するものですが、都会に出てきたとたん身ぐるみはがれてしまうというのは起きる可能性のある悲劇ですから、単なるお笑い担当ではありません。シリアスな話題とコミカルな息抜きとをうまく配合しているのが、ボチコ作品の特徴だと思います。</p>
<p>"I Never Forget a Meal"の第１６章は、続いてタッカーとボチコが出会った大学時代の話に移ります。その中に、ボチコがユダヤ系特有の訛りを駆使しながら、８０代の花婿と１８歳の花嫁のジョークで学生たちを爆笑させるくだりがありました。もちろん性的な含みのある卑猥なジョークです。</p>
<p>「ヒル・ストリート・ブルース」のゲスト出演のあと、ボチコが再度タッカー夫妻を訪れたとき、２人を想定した脚本を書いていると打ち明けます。ボチコは、「ヒル・ストリート・ブルース」の製作会社ＭＴＭ（女優メアリー・タイラー・ムーアの当時の夫が経営。ほかに「探偵レミントン・スティール」などを製作）に２人が共演するＴＶシリーズの提案をしたけれど断られ、次に契約する２０世紀フォックスに改めて提案するつもりだと言います。その結果が「ＬＡロー」になり、タッカー夫妻はこのドラマに出てくる性的なジョークのおかげで一躍有名になります。第１６章には、その裏でタッカー夫妻がシリアスな問題を抱えていたことも短く語られていて、ドラマのような余韻がありました。</p>]]>
        
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    <title>&quot;I Never Forget a Meal&quot;</title>
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    <published>2008-05-22T13:16:52Z</published>
    <updated>2008-05-22T16:09:17Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「流されて・・・」（１９７４年）のリナ・ウェルトミューラー監督は、「セブン・ビューティーズ」（１９７５年）でアカデミー賞監督賞にノミネートされました。女性が監督賞候補になったのは、アカデミー賞が始まって以来、彼女が最初でした。「流されて・・・」と「セブン・ビューティーズ」がアメリカで公開されたとき、主役のジャンカルロ・ジャンニーニの声の吹き替えを担当したのが、マイケル・タッカーという俳優です。アメリカのテレビドラマを見ている人なら、タッカーは「ＬＡロー」（１９８６～９４年）でスチュアート・マーコウィッツを演じた人だと言えば、顔を思い浮かべてもらえると思います。映画しか見ない人には、「ラジオ・デイズ」（１９８７年）で、ウディ・アレン監督自身と思われる少年ジョー（セス・グリーン）の父親を演じていたと言えば分かってもらえるでしょうか。「カイロの紫のバラ」（１９８５年）では、ジェフ・ダニエルズ扮する新人スターのエージェント役でした。</p>
<p>そのマイケル・タッカーが初めて書いた本が"I Never Forget a Meal"（Little, Brown社、１９９５年）です。この本は回想録と料理本を兼ねたユニークなもので、全部で１９の章があるのですが、各章で綴られるさまざまな思い出が必ず当時食べた料理につながっていく構成になっており、文章の合間にレシピが挿入されています。</p>
<p>リナ・ウェルトミューラー監督との思い出は第１２章に書かれています。ニューヨークのセントラル・パークでシェイクスピアの「間違いの喜劇」を上演したとき、マイケル・タッカーは主役の一人でした。この舞台は、背景を禁酒法時代のマフィアの世界に置き換えた演出だったので、出演者はイタリア訛りで台詞を言いました。「流されて・・・」をアメリカで配給する会社の人が舞台を見て、タッカーに吹き替えのオーディションを受けるよう電話してきます。吹き替えの仕事が縁で、タッカーはウェルトミューラー監督が初めて英語で撮る映画のダイアローグ・コーチとして雇われ、家族とともにイタリアを訪れます。作品は、ジャンカルロ・ジャンニーニとキャンディス・バーゲン主演の"La Fine del mondo nel nostro solito letto in una notte piena di pioggia"（１９７８年）という、これまた長いタイトルの映画です。</p>
<p>撮影現場でのウェルトミューラー監督は専制君主のようで、ジャンニーニに割り当てられた英語の台詞の読み方をタッカーが正しく教えても、監督は自分の発音・アクセントを強制します。タッカーは、この映画に俳優として出演もしましたが、監督は彼の最初の台詞に何度もＮＧを出して、現場のスタッフに対し、彼女の優位を見せつけます。おまけに、同行したタッカーの妻と娘にも役を与え、娘のほうが父親より演技の勘がよいと誉めそやすのです。こうした気まずい状況を解決するのに、タッカーの＜ムーニング＞が効果があったというエピソードが笑えます。タッカーは撮影現場で監督にむかって尻を出し、抗議したのです。この出来事がきっかけでタッカーは仲間と認められ、一日の終わりにラッシュを一緒に見ろと声をかけられるようになります。</p>
<p>スタッフの中で、タッカーは撮影監督のジュゼッペ（ペッピーノ）・ロトゥンノと特に親しくなります。タッカー夫妻とロトゥンノ夫妻には同年輩の娘がいて、子ども同士が仲良くなったからです。２組の家族の交流は現在も続いています。こうした経緯を語りながら、タッカーは第１２章にもいくつかのレシピを挿入しています。夜に台詞の稽古をしながらジャンニーニが作ってくれたアーリオ・オーリオ・スパゲッティ、撮影中に宿泊したホテルで食べた子羊の肉、ロトゥンノの妻が作ってくれたトスカーナ料理のレシピなどです。</p>
<p>完成した映画の出来がどうだったのか、日本未公開なので判断できませんが、ウェルトミューラー監督が同じく英語で撮った「ムーンリット・ナイト」（１９８９年）は、あまりピンとこない作品だったように覚えています。タッカーはジャンニーニに英語の指導をして、飲み込みが早いのに感心したそうです。８０年代から現在まで、ジャンニーニがハリウッド映画にひんぱんに出演しているのを見れば、タッカーの指導の効果があったのは明らかだと思います。</p>]]>
        
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    <title>「流されて・・・」</title>
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    <published>2008-05-20T14:17:52Z</published>
    <updated>2008-05-21T19:01:45Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>同名戯曲を映画化した「マラー／サド」などを除いて、映画オリジナルでタイトルの長いものを探してみました。大雑把に４つのグループに分類してあります。</p>
<p>（１）副題で原題が長くなっている単独作品</p>
<p>・博士の異常な愛情（１９６４年）　Dr. Strangelove, or How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb</p>
<p>・素晴しきヒコーキ野郎（１９６５年）　Those Magnificent Men&nbsp;in Their Flying Machines, or&nbsp;How I Flew From London to Paris in 25 Hours and 11 Minutes</p>
<p>・吸血鬼（１９６７年）　The Fearless Vampire Killers, or Pardon Me, But Your Teeth Are In My Neck</p>
<p>・ボラット　栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習（２００６年）　Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan</p>
<p>（２）シリーズものでタイトルが長い作品</p>
<p>・昭和ひとけた社長対ふたけた社員　月月火水木金金（１９７１年）　＊社長シリーズ第４０作</p>
<p>・ロード・オブ・ザ・リング（２００１年）　Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring</p>
<p>・ナルニア国物語／第１章：ライオンと魔女（２００５年）　The Chronicles&nbsp;of Narnia: The Lion, the Witch&nbsp;and&nbsp;the Wardrobe</p>
<p>（３）劇場未公開、ビデオスルーとなった原題の長い作品</p>
<p>・ケラーマン（１９７１年）　Who Is Harry Kellerman and Why Is He Saying Those Terrible Things About Me?</p>
<p>・愛の彷徨（１９７８年）　Fatto di sangue fra due uomini per causa di una vedova - si sospettano moventi politici</p>
<p>・ポップ・ガン（１９９６年）　Don't Be a Menace to South Central While Drinking Your Juice in the Hood</p>
<p>（４）その他</p>
<p>・ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいＳＥＸのすべてについて教えましょう（１９７２年）　Everything You Always Wanted to Know About Sex * But Were Afraid to Ask</p>
<p>・モン・パリ（１９７３年）　L'Événement le plus important depuis que l'homme a marché sur la lune</p>
<p>・流されて・・・（１９７４年）　Travolti da un insolito destino nell'azzurro mare d'agosto</p>
<p>・流されて２（１９８７年）　Notte d'estate con profilo greco, occhi a mandorla e odore di basilico</p>
<p>・ウェールズの山（１９９５年）　The Englishman Who Went Up a Hill But Came Down a Mountain</p>
<p>「流されて・・・」のリナ・ウェルトミューラー監督は、長いタイトルに固執しているのか、「流されて２」（続編というよりリメイク、さらに言えば二番煎じ的映画でした）だけでなく、「愛の彷徨」も彼女が手がけた映画です。「流されて・・・」以前に同じくジャンカルロ・ジャンニーニとマリアンジェラ・メラート出演で作った作品にも、"Film d'amore e d'anarchia, ovvero 'stamattina alle 10 in via dei Fiori nella nota casa di tolleranza...'"（１９７３年）という題名がついています。「愛の彷徨」は、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンの共演作です。マストロヤンニはジャック・ドゥミ監督の「モン・パリ」にも主演しています。これはマストロヤンニが妊娠するコメディーで、男性の妊娠が＜人間が月面を歩いて以来、もっとも重要な出来事（原題の直訳）＞というわけです。</p><!--/e名-->]]>
        
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    <title>「マラー／サド」</title>
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    <published>2008-05-19T13:06:01Z</published>
    <updated>2008-05-19T17:18:43Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>"A Funny Thing Happened on the Way to the Forum"（１９６２年初演）は、ミュージカルにしては長いタイトルです。"How to Succeed in Business Without Really Trying"（１９６１年初演、邦題「努力しないで出世する方法」）より２語も多くて、１０単語あります。５月１６日付のバラエティ・ジャパンの記事「長～い邦題がプチ・ブーム！？」によると、映画の邦題がこのところ長くなる傾向が見られるそうですが、ブロードウェイの演劇でも同様のブームが１９６０年代初めにあったようです。そのきっかけは、上記のミュージカル２作品がヒットし、高く評価されたからだと思います。「努力しないで出世する方法」はピュリッツァー賞を獲得して１４００回以上のロングランになりましたし、「ローマで起った奇妙な出来事」の上演回数も９００回を超えました。</p>
<p>ストレート・プレイに目を向けると、アメリカ産のものでは、アーサー・コピット（コープイット表記もあり）作"Oh Dad, Poor Dad, Mama's Hung You in the Closet and I'm Feelin' So Sad"（６３年初演）と、ポール・ジンデル作の"The Effect of Gamma Rays on Man-in-the-Moon Marigolds"（６４年初演）が双璧でしょう。後者は１９７０年にオフブロードウェイで上演されて、翌年ピュリッツァー賞を受賞しました。しかし、最長のタイトルは、ペーター・ヴァイスによってドイツ語で書かれ、英訳版がピーター・ブルック演出で英米で上演された"The Persecution and Assassination of Jean-Paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis de Sade"（６３年出版、６４年イギリス初演、６５年アメリカ初演）とされています。アメリカ産の２作品と違って、これは日本でも上演され、映画版が公開されたので邦題があります。「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院の患者たちによって演じられたジャン＝ポール・マラーの迫害と暗殺」というのがそれで、たいていの場合、「マラー／サド」と略されています。</p>
<p>「マラー／サド」の映画版（１９６７年）は、１０年ほど前にＢＳで放送されたのを見ました。長いタイトルを通じて劇中劇の構造を知っていたので、あまり混乱せずに見られた記憶があります。ミュージカル「ラ・マンチャの男」（６５年初演）も、思えば似た劇中劇の構造を採用していますが、「マラー／サド」よりずっと分かりやすかったです。今回、調べてみて、この２作品が同時期にブロードウェイで初演されていたことに気づきました。長い題名だけでなく、劇中劇も当時の流行だったのかもしれません。</p>
<p>アメリカ産の２作品も映画化されていますが、どちらも日本未公開のようです。アーサー・コピット作"Oh Dad..."は、リチャード・クワイン監督、ロザリンド・ラッセル主演という不思議な組み合わせです。インターネット・ムービー・データベースによると、ラッセル演じる女性が夫の死体を剥製にして、それを携えて息子といっしょに旅に出る話らしいです。息子を演じているのは、「努力しないで出世する方法」の初演と映画版に主演したロバート・モースです。ほかにバーバラ・ハリス、ヒュー・グリフィスが出演しています。ポール・ジンデル作"The Effect..."は、ポール・ニューマン監督、ジョアン・ウッドワード主演の夫婦コンビで映画化されました。ウッドワードは２人の娘を育てているシングル・マザーに扮していて、このコンビがのちに映画化した、テネシー・ウィリアムズ作「ガラスの動物園」（１９８７年）と同傾向の叙情的な作品だそうです。後者だけでもよいので見てみたいものです。</p>
<p>６０年代のブームから時期はずれますが、１９８２年に初演された"Come Back to the 5 &amp; Dime, Jimmy Dean, Jimmy Dean"という舞台劇もタイトルが長いです。これはロバート・アルトマンがブロードウェイ初演の演出を手がけ、その時とほぼ同じキャストで同年に映画化しました。映画版は昨年、日本で初公開されましたが、邦題は「わが心のジミー・ディーン」と、ふつうの長さでした。「ジャイアンツ」（１９５６年）のロケ地近くで結成されたジェームズ・ディーンのファンクラブのメンバーが２０年ぶりに集まる話です。ＷＯＷＯＷで放送したときに見ましたが、サンディ・デニス、シェール、キャシー・ベイツ、カレン・ブラックなど女優たちの演技合戦が見られる貴重な作品だと思いました。</p>
<p>オフ・ブロードウェイの芝居に目を向ければ、奇をてらった長いタイトルのもの、副題があるために長くなっているものが、現在も上演されています。しかし、オン・ブロードウェイでは、６０年代だけの流行に終わったようです。９０年代に"A Funny Thing Happened on the Way to the Forum"と"How to Succeed in Business Without Really Trying"がリバイバルされたとき、どちらも短縮したタイトル（前者は"Forum"、後者は"H2S"）をポスターなどのロゴとして使っていました。後者が日本で上演される場合も、近年は「ハウ・トゥ・サクシード」という具合に冒頭だけをタイトルとして採用しています。長いタイトルは宣伝効果の妨げになることのほうが多いからではないでしょうか。</p>]]>
        
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    <title>&quot;A Funny Thing Happened on the Way to the Forum&quot;</title>
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    <published>2008-05-17T14:27:04Z</published>
    <updated>2008-05-18T06:09:00Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>"Four by Sondheim"で「ローマで起った奇妙な出来事」の台本にざっと目を通してから、新宿シアター・サンモールでの上演を見てきました。ＴＩＰ（Tokyo International Players）という劇団の英語上演だったので、見出しを英語表記にしています。</p>
<p>ＴＩＰは、東京に住む英語圏の人たちの演劇集団で、年３～４作品を上演しています。今回のミュージカルで１１１年目のシーズンが終わり、秋には第１１２シーズンが始まる予定だそうです。長い歴史のある劇団（コミュニティ・シアターというのでしょうか）で、わたしは１０年前からときどき足を運んでいます。これまでに、モンキー裁判を脚色した「風の遺産（Inherit the Wind）」、オスカー・ワイルドの「まじめが肝心」、シェイクスピア原作、ロジャース＆ハートのミュージカル「シラキュースから来た男たち（The Boys from Syracuse）」、修道女たちが歌って踊る「Nunsense」、マタイによる福音書に基づく「ゴッドスペル（Godspell）」などを見てきました。英語のヒアリング力に限界があるので、なるべく先に映画版を見たり、原作を読んでから出かけています。今回のは、映画はずいぶん前に吹き替え版で一度見たきりですが、英語台本とオリジナル・キャスト盤ＣＤを持っていて助かりました。</p>
<p>出演者たちはボードビリアンではないけれど、急に金切り声をあげたり、体を張ったギャグを挿入したりして笑わせようと努めていました。視覚的なギャグや効果音で笑わせる演出上の工夫も見られました。たとえば、奴隷のスードラスとヒステリアムを身長差が約３０センチメートルもある俳優（ヒステリアムのほうが高い）に演じさせたのが効果的で、この凸凹コンビがならんで立つだけで可笑しかったです。セネックスの妻ドミニアが恐ろしい剣幕で舞台に登場するシーンに「スター・ウォーズ」のダースベイダー登場の音楽を短く流したのも大いに笑えました。</p>
<p>残念だったのは、セネックスの家の玄関にドアがなかったことです。ほかの２軒も含めて入り口に幕を使っていて、そこから出たり入ったりしていました。この種の芝居では、人物の出入りに合わせてドアが開いたり閉ったりするのが視覚的にも音響効果的にも笑いを増幅させるアクセントになるので、舞台中央のセネックスの家だけでもドアをつけるべきだったと思います。なぜなら、ストーリーの中で＜ドアを３回ノックする＞ことが合図になっていて、「フロント・ページ」のロールトップ・デスクと同様に、その合図が勘違いにつながるという設定もあるからです。今回の舞台では柱をノックしていました。</p>
<p>主役のスードラスを演じたのは、マイク・マイヤーズとケビン・ワイズマン（ＴＶシリーズ「エイリアス」で新兵器を開発するマーシャル役の俳優）を足して２で割ったような小柄な人で、初演の舞台と映画版に主演したゼロ・モステルに備わったアクの強さはありませんでした。しかし、まだ若いスードラスが目をうるませるようにして「自由がほしい」と言うと、彼を応援したくなる効果がありました。キャスティングなどの要素によって作品の印象はガラリと変わるものだと、改めて感じました。</p>
<p>このミュージカルでもっとも有名な曲はオープニングの"Comedy Tonight"でしょう。その中に、スードラスが女優の１人を指して、彼女は「王女メディア」を演じますが、それは週末の舞台なので今夜はコメディです、と歌うところがあります。ブロードウェイでメディアを演じた女優はトニー賞をとりやすいと言われていて、現にジュディス・アンダーソン、ゾーイ・コールドウェル、ダイアナ・リグが受賞しています。実は「ローマで起った奇妙な出来事」のスードラスにも同じことが言えます。初演のゼロ・モステル、再演のフィル・シルバース（最初のスードラス候補で、映画版ではマーカス・ライカス役）、ネイサン・レインの３人とも、スードラス役でトニー賞主演男優賞を得ました。さらに、"Jerome Robbins' Broadway"でナレーターをはじめとするさまざまな役を演じ、「ローマで起った奇妙な出来事」のセクションではスードラス役だったジェイソン・アレクサンダーも含めれば、４人がトニー賞を獲得したことになります。</p>]]>
        
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    <title>&quot;Four by Sondheim&quot;</title>
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    <published>2008-05-15T14:06:39Z</published>
    <updated>2008-05-15T20:24:02Z</updated>

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        <name> れーめん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「トットのマイ・フレンズ」（新潮文庫）には、「メリーさん」以外に、ユル・ブリンナー、テネシー・ウィリアムズ、向田邦子、渥美清、坂本九などの章があり、黒柳徹子本人が彼らと会ったときのこと、および他人から聞いたエピソードによって、各人物像が浮き彫りにされています。</p>
<p>今回この本を読み直したのは「ゼロ・モステル」の章のためでした。ゼロ・モステルは、「屋根の上のバイオリン弾き」のテビエ役をブロードウェイ初演（１９６４年）で演じた天才肌のコメディアンですが、ノーマン・ジュイソン監督の映画版（１９７１年）では彼でなくトポルがテビエを演じたため、日本ではあまりなじみがないスターだと思います。モステルの主演した、メル・ブルックス脚本・監督の映画「プロデューサーズ」（１９６８年）は、最近でこそオリジナルもミュージカル版も人気がありますが、長らく日本未公開でした。「屋根の上のバイオリン弾き」の前に主演したミュージカル「ローマで起った奇妙な出来事」も、日本ではあまり頻繁に上演されていないようですし、リチャード・レスター監督による映画版（１９６６年）はカルト作品扱いで、広く知られているとは言いがたいです。今週末にＢＳハイビジョンで放送予定なので、これがきっかけで「プロデューサーズ」のように徐々に知名度が上がっていってほしいです。</p>
<p>その「ローマで起った奇妙な出来事」をはじめ、「リトル・ナイト・ミュージック」、「スウィーニー・トッド」、「ジョージの恋人」という４つのミュージカルの台本を収めたのが、現在少しずつ読んでいる"Four by Sondheim"（Applause刊、２０００年）です。４つともスティーブン・ソンドハイムが作詞・作曲を手がけていますが、台本作者はそれぞれ違っています。アマゾン・コムで調べると、各作品の台本は個別にも出版されています。"Four by Sondheim"には、台本のほか、各作品の関係者による序文、アル・ハーシュフェルドのイラスト、セットや衣装のデザイン画、ステージ写真、カットされた曲の歌詞、主な上演の配役一覧、主なディスコグラフィーが付録になっていて、ファンのための愛蔵版といったところでしょうか。楽譜以外の資料がそろっている本です。ミュージカルの作詞・作曲を手がけた人は多いけれど、このような本が出ているのはソンドハイムくらいでしょう。それだけ彼の評価が高く、支持する人が多いのだと思います。</p>
<p>「ローマで起った奇妙な出来事」の台本は、ほかの３作品と比べると、ページ数が少ないです。その理由は、１１ページの登場人物一覧の下に書かれている、作者のメモを見て分かりました。これはボードビリアンのための台本だから、台本に書かれていないアドリブや滑稽な仕草が実際の上演では追加されるので、その部分は出演者や読者が補ってほしい、というのです。ゼロ・モステルはアドリブが得意でした。ノーマン・ジュイソン監督が映画化にあたって彼をテビエ役に選ばなかったのは、撮影がアドリブで滞ってしまうのを恐れたからだという説もあります。「トットのマイ・フレンズ」にも、「屋根の上のバイオリン弾き」がモステルの主演で再演されたとき、観客はスタンディング・オベーションしたのに、振付のジェローム・ロビンスら関係者は立ち上がらず、モステルが本番でリハーサルと違う要素を付け加えたことを非難したというエピソードがありました。ミュージカルにもいろいろ種類があり、アドリブがふさわしい作品と、ふさわしくない作品があるのでしょう。「ローマで起った奇妙な出来事」はアドリブを前提に書いてあるわけだから、固定された映画版より、生の舞台で見るほうがずっと楽しめるタイプの作品なのかもしれません。</p>]]>
        
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