"On Broadway Men Still Wear Hats"
「ビル・ポーターの鞄」(2002年)のウィリアム・H・メイシーは、セールスの仕事で歩き回るとき、サンプルのカバンを提げているだけでなく、常に帽子をかぶっていました。フェドーラと呼ばれるタイプの帽子で、1940年代、50年代の映画を見ると、新聞記者も刑事も旅のセールスマンも、誰もがかぶっています。メイシーが「サイコ」のリメイクで私立探偵を演じたときのメイキング・フィルムには、彼がフェドーラをとっかえひっかえしながら選んでいる場面があります。メイシーはその中で、オリジナルで私立探偵を演じたマーティン・バルサムへの尊敬の念を口にしていました。
男性が帽子をかぶる流行がなかなか戻ってこない理由について、男性も髪型に凝るようになり、カット代、スプレー代、ムース代など大金をかけたヘアスタイルを世間に見せびらかしたいからだという発言を読んで、なるほどと思いました。その発言の主は、ニューヨーク8番街で帽子店を営むマーク・ルービンです。ブロードウェイで上演されているショーのほとんどが、ルービンの店で売られている帽子を採用しています。主役のスターのかぶる帽子はデザイナーが手づくりしますが、コーラスの人たちの分まで手づくりしていたら予算をオーバーしてしまいます。映画でフレッド・アステアがかぶっているような、トップの部分がたためるトップハットを、日常生活で身に着ける人は今はいませんし、製造しているメーカーも全米で1社しかなく、それをコーラスの人数分常備してある帽子店となると1軒しかないのだそうです。
"On Broadway, Men Still Wear Hats"(Smith and Kraus刊、2004年)という本は、無名だけれどブロードウェイのショービジネスに欠かせないルービンのような人たちの横顔を紹介した本です。副題は"Unusual Lives Led on the Edges of Broadway"といい、ブロードウェイの端っこに生息する奇妙な人たち、といった意味だと思います。著者のロバート・サイモンソンはplaybill.comの編集者で、劇作家でもあります。
表題になっている章は、ルービンの仕事ぶりを紹介したあと、散髪に9ドルしかかけない彼は今も年中帽子をかぶっていると締めくくられます。ほかの章にも、ふだんはスポットライトを浴びない人たちがいろいろ出てきます。"The Accidental Photographer"という章では劇場で有名人のスナップショットを撮っては新聞社に売っているオーブリー・ルーベン、"The Man With the Emergency Bow Ties"ではネイサン・レインなどのドレッサー(付き人)をつとめてきたケネス・ブラウン、"An Accountant on the Aisle"では会計士をやめてインターネットで劇評を発表しはじめたマーティン・デイトンを取り上げています。もちろん女性もいて、<ドラマ・ブック・ショップ>のロザンヌ・シーレン、ツアーに出ているショーのセットを運ぶ運送会社のノーマ・モリッチ・デュールなどの章があります。ショービジネスと長くかかわってきた人たちがとっておきの逸話を披露しているので、ゴシップ本としても楽しめますが、マイナーな分野ではあっても、ショービジネスのプロたちから頼りにされていることの誇らしさが全員の発言から伝わってきて、とても読後感がよかったです。
マーク・ルービンの帽子店が、親の代には数軒あったのを次々にたたんで、1軒だけが残っていることに象徴されるように、家族経営がほとんどの演劇関係ビジネスは、縮小される一方のようです。その典型が"The Primary Distributor of Rosebud Matches to Broadway"の章に出てくるジョージ・フェンモアでしょう。彼の仕事は、舞台で小道具として使われる商品のメーカーと交渉し、企業名をプレイビル(劇場で配られる無料パンフレット)に載せることと引き換えに、商品を無料で手配することです。これは、ハリウッド映画では<プロダクト・プレースメント>として現在も大規模に行われている広告手法ですが、劇場の観客数は限られるので企業はうまみを感じないため、どんどん協力が得られなくなっているそうです。フェンモアは<プロダクト・プレースメント>という新しい言い方を嫌い、自分の仕事は<マーチャンダイジング>だと主張します。<マーチャンダイジング>を行っているのはフェンモア1人で、後継者はいません。
「ビル・ポーターの鞄」で、ウィリアム・H・メイシーは何度か自分を恐竜に例えますが、訪問販売は現在も細々と続いています。ジョージ・フェンモアの<マーチャンダイジング>こそ絶滅に瀕していると言えます。彼が亡くなってしまったら、数々のコネを利用して彼が手配していた小道具を集めるのに、劇場関係者たちはかなり苦労するだろうと思います。




















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