「ヒル・ストリート・ブルース/新主任・処刑」
マイケル・タッカーは"I Never Forget a Meal"の中で、さまざまな知人を登場させていますが、いちばん興味深かったのはスティーブン・ボチコです。彼はテレビドラマ「ヒル・ストリート・ブルース」(1981~87年)や「LAロー」(1986~94年)のプロデューサーで、近年は小説(「デス・バイ・ハリウッド」文藝春秋・刊)にも手を染めています。タッカーとボチコは同じ大学で演劇を専攻した仲です。
ボチコのことは"I Never Forget a Meal"の第16章に書かれていて、まずタッカーが妻のジル・アイケンベリー(映画「新・明日に向って撃て」、「ミスター・アーサー」など)とともに「ヒル・ストリート・ブルース」にゲスト出演したときのエピソードで始まります。当時、「ヒル・ストリート・ブルース」は4年目を終了したところでした。ヨーロッパでの放送が始まるため、ボチコは仕事でロンドンに向かう予定で、その途中、舞台中心に仕事をしていたタッカー夫妻の住むニューヨークを訪れ、フォー・シーズンズで食事をともにします。タッカー夫妻は、「ヒル・ストリート・ブルース」に夫婦の役でゲスト出演してほしいと頼まれます。
2人が出演を承諾したのが、第5シーズンの1回目(新主任)と2回目(処刑)のエピソードでした。2人は都会に出てきてレンタカーで移動するうち、道に迷ったあげく犯罪に巻き込まれ、車も荷物も盗まれてしまった田舎者夫婦を演じました。ニール・サイモンが映画用に書き下ろした「おかしな夫婦」(1970年)のジャック・レモンとサンディ・デニス(リメイクではスティーブ・マーティンとゴールディ・ホーン)に近い役どころです。警察に保護され、パトカーで署に向かう途中、盗難車の追跡に付き合わされるあたりは、「ファール・プレイ」(1978年)でサンフランシスコ観光をしていた日本人夫婦のようでもあります。
「ヒル・ストリート・ブルース」は、複数のストーリーラインが同時進行する作りで、この2回分には<安ホテル作戦>という潜入捜査が出てきます。これは盗品の売買に使われているホテルに刑事たちがもぐり込み、取り引きの現場を押さえるもので、タッカー夫妻演じる田舎者夫婦は、この話に絡んできます。所持品をすべて奪われた夫婦が、犯罪被害者救済のボランティア団体に紹介されて泊まることになったのが、偶然にも同じホテルだったのです。妻は、そのホテルを仕事場にしている娼婦が、自分のドレスを着ているのに気づきます。その娼婦が実は女装した黒人男性というあたりが、スティーブン・ボチコの手がけるシリーズに共通したひねりというか、ジョークに近い展開です。「LAロー」を見ていた方ならご存知でしょうが、タッカー夫妻は<ノミの夫婦>で、ジル・アイケンベリーのほうが背が高いのです。盗品の中からホテルで売りさばかれたドレスを男性が買い、着ているところを元の持ち主に見られるという筋書きは、背の高いアイケンベリーを想定して書かれたものと推測できます。「新主任」と「処刑」には重いストーリーラインも含まれていて、タッカー夫妻の役割は暗いムードを中和するものですが、都会に出てきたとたん身ぐるみはがれてしまうというのは起きる可能性のある悲劇ですから、単なるお笑い担当ではありません。シリアスな話題とコミカルな息抜きとをうまく配合しているのが、ボチコ作品の特徴だと思います。
"I Never Forget a Meal"の第16章は、続いてタッカーとボチコが出会った大学時代の話に移ります。その中に、ボチコがユダヤ系特有の訛りを駆使しながら、80代の花婿と18歳の花嫁のジョークで学生たちを爆笑させるくだりがありました。もちろん性的な含みのある卑猥なジョークです。
「ヒル・ストリート・ブルース」のゲスト出演のあと、ボチコが再度タッカー夫妻を訪れたとき、2人を想定した脚本を書いていると打ち明けます。ボチコは、「ヒル・ストリート・ブルース」の製作会社MTM(女優メアリー・タイラー・ムーアの当時の夫が経営。ほかに「探偵レミントン・スティール」などを製作)に2人が共演するTVシリーズの提案をしたけれど断られ、次に契約する20世紀フォックスに改めて提案するつもりだと言います。その結果が「LAロー」になり、タッカー夫妻はこのドラマに出てくる性的なジョークのおかげで一躍有名になります。第16章には、その裏でタッカー夫妻がシリアスな問題を抱えていたことも短く語られていて、ドラマのような余韻がありました。




















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