「岸辺のアルバム」
スティーブン・ダルドリー演出の「インスペクター・コールズ」を思い出すと、同時にわたしの頭に浮かんでくるのが山田太一原作・脚本のテレビドラマ「岸辺のアルバム」(1977年)です。その理由を説明します。
原作の「夜の来訪者」では、バーリング家の4人(+長女の婚約者)が秘密にしていたことが明らかになって、これから先、一家はバラバラになるだろうと匂わせただけで幕が下ります。ダルドリーの演出では、そのあとバーリング家のセットが傾き、食堂の皿やグラスが音を立てて壊れるところを見せて、文字通りの家庭崩壊を描き出します。それはもう徹底的な破壊で、「タイタニック」(1997年)を映画館で見たときに、「インスペクター・コールズ」と同じくらい皿を割ってると思ったほどでした。毎日の公演であれだけの皿を割るのに、チケット代の何パーセントが充てられているのだろうとケチなことを考えたりしました。
「岸辺のアルバム」は、家庭崩壊劇と評されることの多い連続15回のドラマですが、第1回の最初の画面に<昭和48年8月>とスーパーが出ます。翌年(1974年)の9月、豪雨で多摩川の堤防が決壊し、一般住宅が何軒も崩壊した実際の出来事が、第14、15回のクライマックスに設定されていました。ジャニス・イアンの<ウィル・ユー・ダンス>が流れるタイトルバックに、そのときのニュース映像が挿入されていて、毎回冒頭で「このドラマの一家が住む家は、いずれ流されますよ」と予告している感じでした。
「岸辺のアルバム」の田島家は、工場主のバーリング家ほどのブルジョワではありませんが、商社の部長クラスで、家族構成は父(杉浦直樹)・母(八千草薫)・姉(中田喜子)・弟(国広富之)と同じです。「夜の来訪者」では、部外者のグール警部が訪ねて来て、家族それぞれの秘密を明らかにしていきます。「岸辺のアルバム」では、長男の繁が父、母、姉の秘密を知ってしまう、という具合に回を追うごとに進展していき、最終回で家が流されます。しかし、それだけで終わらないところがミソで、洪水が引いた後、一家が岸辺でアルバムより大きなあるものを見つける場面こそが、ほんとうのクライマックスだと思いました。「岸辺のアルバム」はミステリーではありませんから、何を見つけるか書いても構わないのかもしれませんが、やめておきましょう。知りたい方は大和書房から出ていたシナリオを探してください。かつて角川文庫に入っていた原作小説は、光文社文庫で復刊されて現在も手に入るようですが、未読なので同じ場面があるのかどうか分かりません。
ところで、「岸辺のアルバム」に先立つ「それぞれの秋」(1973年)も、家族構成は違うものの、小倉一郎扮する次男が家族の別の顔を次々に知ってしまう展開は似ていました。ただし、専業主婦の母親(久我美子)には主婦の顔しかないように描かれていた記憶があります(「それぞれの秋」は現在CSで再放送中ですが、わが家では見られないので、ずいぶん古い、あいまいな記憶です)。「岸辺のアルバム」では母親にも秘密があり、そこに重点が置かれていました。




















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