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「インスペクター・コールズ」

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バーナード・ハーマンが音楽を手がけた映画の中では、「めまい」のサウンドトラックLPを以前、持っていました。「ヒッチコック/トリュフォー 映画術」(晶文社)の巻末付録に書いてあった輸入盤のレコード番号をメモして、初めて輸入レコード店に取り寄せを頼んだレコードです。確かオランダで発売されていたものでした。

<エッセンシャル・ヒッチコック>と題する1984年のリバイバル上映で「めまい」を見たのは、関西に住んでいたときで、梅田の阪急プラザ劇場という映画館でした。サントラ盤がほしいと思った理由のひとつは、その映画館では阪急電車の通過音が響いて、音楽をじっくり聞けなかったからでした。

10年後、関東に移ってから、天王洲アイルのアートスフィアという劇場で「インスペクター・コールズ」という芝居を見ました。席に着いてすぐ、「めまい」のメインタイトルの曲が低く場内に流れているのに気づいて耳を澄ましていると、幕が上がる前後に大音量になり、しばらくして空襲のSEか何かにかき消されるまで、「めまい」の音楽をたっぷり聞かせてくれた記憶があります。ふだんウォークマンや貧弱なステレオで聞いていた曲を、音響設備の整った劇場で聞けたのがラッキーでした。

"An Inspector Calls"はJ・B・プリーストリーの最も有名な戯曲で、日本では「夜の来訪者」という題で何度も上演されてきました。92年にスティーブン・ダルドリー演出でロンドンでリバイバル上演されたバージョンがヒットし、ニューヨークでも好評を博したあと、セットと演出を輸入して日本の俳優たち(警部=渡瀬恒彦、バーリング家=佐藤慶、岡田茉莉子、宮崎ますみ、菊池健一郎、長女の婚約者=永島敏行)が演じたのがアートスフィアの「インスペクター・コールズ」でした。スティーブン・ダルドリーは、このあと映画「リトル・ダンサー」(2000年)と「めぐりあう時間たち」(2002年)を手がけた人です。

"An Inspector Calls"は、裕福なバーリング家の食堂のみで展開する芝居で、高所恐怖症とも空襲とも関係ありません。「めまい」と共通するのは、自殺した女性が出てくることぐらいでしょうか。ダルドリーの演出は、外枠を付け足して、観客がバーリング家の食堂を覗いていることを意識させるものでした。そのため、確か空襲のあとの瓦礫のようなものが積み上げられていて、そこにメイドのエドナ(東郷晴子)と台本に出てこない子どもを立たせていました。2人がバーリング邸を覗き込むと、食堂から会話が聞こえてきて芝居が始まりました。

ストーリーは、ミステリーの一種なので、詳しく書くのはやめておきます。内容を知りたい方は、昨年、岩波文庫に入った戯曲の翻訳を読んでみてください。短いので戯曲を読みなれてない人でも苦労せずに読めると思います。解説に、ダルドリーの演出がこの戯曲の決定版と賞賛されたと書いてありますが、アートスフィアでの上演については触れられていません。一方、内村直也脚色により、舞台を日本に置き換えた「夜の来訪者」の上演についてはちゃんと書いてあります。タイトルロールの警部は、かつて東野英治郎の当たり役だったそうです。テーマは世界共通だから、日本が舞台でも違和感はなく、筋書きはまったく同じです。わたしは、八木柊一郎が更に脚色を加えたバージョンを91年か92年に見ました。そのときは、警部=磯部勉、倉持夫妻=鈴木瑞穂、稲野和子、長女の婚約者=森田順平という配役で、西川信廣演出でした。先に見たせいもあるのでしょうが、ダルドリー演出の「インスペクター・コールズ」より、わたしはこのバージョンが好きです。こちらは現在も再演をくり返しています。観劇の習慣のない人も、ぜひ見てみてください。戯曲を読んで結末を知っていても楽しめると思います。

なお、"An Inspector Calls"は映画化もされています。映画の邦題も「夜の来訪者」です。この映画を見るために神楽坂のブリティッシュ・カウンシルに行きましたが、今はYouTubeで見られます。映画版は安易に回想シーンを使った失敗作だと思うので、おすすめしません。このストーリーに初めて接する人は、映画版を避け、舞台を選ぶほうがよいでしょう。

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2008年5月

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