"Chillers/The Thrill Seeker"
パトリシア・ハイスミスの短編小説に「危ない趣味」という作品があります。掃除機のセールスマンが主人公で、彼は一人暮らしの女性宅に上がりこんでは小さな装飾品を盗み出し、記念品としてコレクションしています。妻との仲は冷え切っていて、自分が女嫌いと自覚しているのに、インテリ風の女性を騙すことに熱中する男を描いた、不気味なストーリーです。この短編は、現在は「目には見えない何か 中後期短編集 1952-1982」(河出書房新社)という単行本で読めますが、わたしが最初に読んだのはペンギンブックスの"Chillers"に収録されていた原文でした。
"Chillers"は1990年に作られた、パトリシア・ハイスミスの短編ばかりを映像化したテレビシリーズのタイトルです。同名の本には原作となった12の短編が収められていて、テレビ番組とのタイアップで出版されました。ハイスミスは、「見知らぬ乗客」(1951年)と「太陽がいっぱい」(1960年)の原作者として日本でも知名度は高いけれど、残念ながら人気は今ひとつなので、ロアルド・ダールやレイ・ブラッドベリならともかく、<ハイスミス劇場>が海外で放送されたと知って驚きました。それ以来、いつか見てみたいと思い続けていました。
アマゾン・コムで"Chillers"の3枚組DVDがアメリカで発売されたことを知り、購入してみました。リージョンフリーらしく、日本製プレーヤーでも再生できました。ホスト役はアンソニー・パーキンス、テーマ曲はジョルジュ・ドルリューの作曲で、毎回そこそこ名の通ったスターが出ています。期待して見始めましたが、1枚目を見た限りでは期待は裏切られました。原作と離れたコメディー・タッチの誇張が目立ち、空回りしている印象なのです。
「危ない趣味」の映像化"The Thrill Seeker"を例にとりますと、まず主人公(ジャン=ピエール・ビソン)の職業がセールスマンから事典の校正係に変えられています。彼が事典を読んで得た付け焼刃の知識を披露すると、上がりこんだ家の女性は感心して彼をその分野の専門家と信じてしまいます。このあたりのやりとりが大袈裟で、笑うに笑えませんでした。原作でも、主人公はブリタニカ百科事典をほとんど読破していて、女性との会話に活かしていますが、ブリタニカはセールスマンが売り歩いたことで有名ですし、仕事がセールスだから無理なく女性の信用を得て家に上がりこめるわけで、職業設定は変えないほうがよかったと思います。この主人公は、トム・リプリーと同じで、他人になりすます能力を持っていますが、ドラマではスパイごっこでもしているかのように見えました。パスカル・ボニツェール(「ブロンテ姉妹」(1978年)、「ランジェ公爵夫人」(2007年)など)の脚色は、主人公にからむ女性の一人(マリサ・ベレンソン)について、やはり原作にない後日談を付け加えていて、これも安易な発想でがっかりしました。原作もブラック・ユーモアの要素を含んでいますが、この脚色はユーモアのさじ加減に失敗していると思います。
"Chillers"は、スタッフとキャストがイギリス、アメリカ、フランスの混成なので、台詞の一部が英語吹き替えになっています。吹き替えとそうでない部分とのトーンがちぐはぐで聞きづらいこともマイナス点です。全部が日本語に吹き替えられていれば気にならなかったでしょう。
ペンギンブックスの"Chillers"の序文で、ハイスミスは、短編小説を書くとき、最初の一文で読者を引き込むよう努力していると述べています。それは、友だちに向かって「面白いジョークがあるんだけど、聞きたい?」と言うようなものだそうです。ハイスミス作品を読んでいると、ブラック・ユーモアのセンスは感じるものの、彼女がパーティーでジョークを披露するタイプとは到底思えません。もしかすると、わたしがハイスミスに先入観を持っていて、そのせいで映像化されたものがコメディー寄りになりすぎていると感じたのかもしれません。残り2枚のDVDを見て、考えが変わったらここに書きます。今回は、続きの部分に"Chillers"で取り上げられた短編の邦訳とキャストを一覧にしておきます。
"Chillers"
全話解説:アンソニー・パーキンス
第1話 猫が引きずり込んだもの(「黒い天使の目の前で」扶桑社ミステリー文庫) 別題:猫の獲物
出演:エドワード・フォックス、マイケル・ホーダーン、ロザリンド・エアーズ、ビル・ナイほか
第2話 しっぺがえし(「ディナーで殺人を」創元推理文庫) 別題:偕老同穴
監督:クレア・ペプロー、出演:イアン・マクシェーン、グウェン・テイラーほか
第3話 うちにいる老人たち(「黒い天使の目の前で」)
出演:ブリジット・フォッセー、ジャン=ピエール・バクリ、オデット・ロールほか
第4話 危ない趣味(「目には見えない何か」河出書房新社) 別題:趣味はスリル
出演:ジャン=ピエール・ビソン、マリサ・ベレンソン、マリリン・イーブンほか
第5話 総決算の日(「動物好きに捧げる殺人読本」創元推理文庫) 別題:精算
監督:サミュエル・フラー、出演:アサンプタ・セルナ、フィリップ・レオタール、クリス・キャンピオンほか
第6話 どうにでもなれ!(「黒い天使の目の前で」)
出演:ステファーヌ・フライス、アン・ジゼル・グラス、ヴィヴィアーヌ・ヴィヴ、ジェレミー・クライドほか
第7話 風に吹かれて(「風に吹かれて」扶桑社ミステリー文庫)
出演:ジェームズ・フォックス、ジャン=ピエール・カッセル、マリアム・ダボほか
第8話 奇妙な自殺(「風に吹かれて」)
出演:ニコル・ウィリアムソン、ジェーン・ラポテア、バリー・フォスター、ラルフ・ブラウンほか
第9話 恋盗人(「11の物語」ハヤカワ・ミステリ文庫) 別題:待ち焦がれた男
監督:ダミアン・ハリス、出演:ポール・リース、イングリッド・ヘルドほか
第10話 狂気の詰め物(「ゴルフコースの人魚たち」扶桑社ミステリー文庫)
監督:マイ・ゼッタリング、出演:イアン・ホルム、アイリーン・アトキンスほか
第11話 黒い天使の目の前で(「黒い天使の目の前で」)
出演:イアン・リチャードソン、ピーター・ヴォーン、アンナ・マッセイほか
第12話 一生背負っていくもの(「風に吹かれて」)
出演:チューズデイ・ウェルド、ダニエル・オルブリフスキーほか




















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