「サムワン ~Someone Who'll Watch Over Me~」
「第47回トニー賞授賞式」の録画を見直して思ったのは、1993年はストレート・プレイが充実していたということです。作品賞を受賞したのは、「エンジェルス・イン・アメリカ」の第1部<至福千年紀が近づく>でした。この芝居はすぐに日本でも翻訳上演されました。日本版の演出は「ジュディ・ガーランド物語」(2001年)のロバート・アラン・アッカーマンでした。以前、アル・パチーノほか出演のミニシリーズ版について書いたとき、パチーノに当たる役のロン・リーブマンがトニー賞授賞式で一場面を再現して、その集中力が素晴しかったことに触れました。
ふだんの年は、ミュージカル部門の作品賞候補だけパフォーマンスを見せて、ストレート・プレイ部門は簡単にすましてしまうことも多いのに、この年は違っていました。まず、ジョナサン・プライスが登場し、芝居が演劇作品賞の候補になるまでのプロセスをお見せします、と話します。
第1段階の<オーディション>は、タグ・ユアグロー作"The Song of Jacob Zulu"(シカゴのステッペンウルフ製作)に出演している俳優が、劇中のセリフを書いた紙を演出家から渡されて読むことで紹介されます。南アフリカのアパルトヘイトがテーマらしく、K・トッド・フリーマンという男優のモノローグが聞けます。
第2段階の<読み合わせ>は、ウェンディ・ワッサースティーン作のコメディー"The Sisters Rosenzweig"を通じて示されます。これに出演していたジェーン・アレキサンダー、マデリン・カーン、ロバート・クラインがテーブルを囲んで座り、一場面を読みます。この戯曲は日本で上演されていないと思いますが、わたしは原書で読みました。とにかく台詞が質の高いジョークの連続で、生で見たらきっと楽しいはずです。
続いての<立ち稽古>は、フランク・マクギネス作「サムワン」からです。デビッド・デュークスとマイケル・ヨークが、地下室に閉じ込められ、鎖でつながれたまま、テニスの試合をしているつもりになって動くくだりが再現されます。
次が<最終リハーサル>で、トニー・クシュナー作「エンジェルス・イン・アメリカ」の番です。ロン・リーブマンに主治医役のキャサリン・シャルファントがエイズの診断を告げようとしている場面を、音や照明の効果付きで見せてくれます。ミニシリーズ版で主治医を演じたのはジェームズ・クロムウェルでしたが、ここではシャルファントが男装で演じていました。日本初演でも佐藤オリエが男装していました。
「サムワン」はレバノンで拉致・監禁された3人の男を描いた芝居です。監禁したアラブ側はいっさい描かないので、俳優は3人しか出ません。日本ではすぐには上演されず、2006年に初演されました。演出は「マーヴィンの部屋」の再演や、「蜘蛛女のキス」のストレート・プレイ版も手がけた文学座の松本祐子で、<ウーマンズビュー>と題された女性演出家によるシリーズの一環でした。高橋和也、千葉哲也、大石継太の出演で、それぞれの役どころはアダム=アメリカ人医師、エドワード=アイルランド人ジャーナリスト、マイケル=イギリス人中世英語教授です。3人ともステレオタイプというか、漫画的に誇張した性格に描かれています。彼らは正気を保って生き延びようと、運動したり、ゲームをしたり、思い出や空想を語ったりします。中東問題のディスカッションを期待すると肩透かしを食うでしょうけれど、極限状態の人間観察として興味津々の内容でした。
それなのに、男性2人が牢屋で思い出や空想を語る「蜘蛛女のキス」とくらべて知名度が低すぎるのが残念です。「サムワン」が映画化されたりミュージカル化されたりする可能性は低いと思うので、せめて再演をしてほしいです。その際は年代がバラバラの男優を配役すると面白いかもしれません。「サムワン」がロンドン初演のあとブロードウェイに移植されてすぐ出演していたのは、アダム=ジェームズ・マクダニエル(TVシリーズ「NYPDブルー」のファンシー警部補)、エドワード=スティーブン・レイ(「クライング・ゲーム」などニール・ジョーダン映画でおなじみ)、マイケル=アレック・マッコーエン(ヒッチコック映画「フレンジー」のネクタイ絞殺魔を追う警部役など)という顔ぶれでした。それぞれ当時、30代、40代、60代だったはずです。エドワード役を引き継いだデビッド・デュークスとマイケル役を引き継いだマイケル・ヨークは、同年輩で50歳ぐらいでした。もちろん全員が同年代でも成立しますが、いろいろな組み合わせで見たい気にさせる芝居だったのです。




















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