「ハドソン河のモスコー」
「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」単行本の51ページで、アリスンはロシア移民の男性が運転するタクシーを拾います。彼はアリスンに、ブライトン・ビーチに来るときは自分の家に寄れと言ったりして、粉をかけます。しかしアリスンは、「それ、ハンプトンかなんかにあるビーチ? 聞いたことないわね」と素っ気ない反応です。ブライトン・ビーチはブルックリンのはずれにあってロシア移民の多い土地柄で、一方、ハンプトンは金持ちの集まる高級リゾートですから、このやりとりはアリスンのお嬢さまぶりを表現しているのでしょう。また、「ブロードウェイ・バウンド」を含むニール・サイモンの自伝3部作に、「ブライトン・ビーチ回顧録」という戯曲があるにもかかわらず、この名前を聞いたことがないのも面白いです。おそらく、アリスンは戯曲全体を読むとか上演を見るとかせずに、演劇学校で使うモノローグや名場面のアンソロジーを通じて、「ブロードウェイ・バウンド」で母親がテーブルの歴史を語るところや、ジョージ・ラフトと踊った思い出を語るところだけを知っている、という設定なのだと思います。
ロシア人のタクシー運転手は、57ページで<ストーリー・オブ・ヒズ・ライフ>を語ります。母国を出て初めてアメリカに着き、スーパーマーケットに行ったとき、どの棚にも食料がぎっしり詰まっているのを見て「これは高級官僚のためか?」と驚いたというのです。このくだりを読んで映画「ハドソン河のモスコー」(1984年)を連想しました。ロビン・ウィリアムズ扮するウラジミールは、旧ソビエトのサーカスでサキソフォンを吹いている楽団員なのですが、ニューヨーク公演のために渡米した時、滞在最終日に仲間を離れてただ1人亡命します。彼は黒人警備員(クリーバント・デリックス)の家に住まわせてもらい、家事を手伝うと申し出て、食料の買出しに行きます。コーヒーを買うのに行列しなくてよいだけでなく、さまざまな種類のコーヒーがよりどりみどり並んでいるのを見て圧倒され、コーヒーのブランド名を読み上げていくうち、過呼吸で倒れてしまう場面がありました。
「ハドソン河のモスコー」は、日本では劇場未公開で、ビデオで初公開された映画です。「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」が出版されたころにはレンタル店に置いてあったはずですが、わたしが見たのは1991年前後でした。というのも、確かこれはコロムビア映画の未公開作を次々にリリースするシリーズの1本で、同シリーズのある作品を出てすぐにレンタルしたところ、ひどくつまらなかったため、未公開に終わるのはつまらないからだと早合点し、そのシリーズを敬遠していたのです。90年にミニシアターで公開された「敵、ある愛の物語」(1989年)という映画がたいへん気に入り、これを監督したポール・マザースキーの作品を次々にレンタルしたり、テレビ放送を録画するようになったおかげで、「ハドソン河のモスコー」を見逃さずにすみました。調べてみると、わたしがつまらないと思った映画はDVDが出ているのに、「ハドソン河のモスコー」と「敵、ある愛の物語」は一度もDVD化されてませんでした。皮肉な話です。
「ハドソン河のモスコー」には、コーヒー以外にもたくさんのブランド名が出てきます。ウラジミールが亡命するのは、よりにもよって、ブルーミングデイルズで買い物をしているときなので、画面にはブランド品が山盛りです。逃げ回るウラジミールを捕まえた黒人の警備員は、「エスティローダーとピエールカルダンの間で確保した」と無線で連絡します。ウラジミールがカルバンクラインのジーンズをみやげに買ってきてくれと頼まれる場面があるためか、カルバンクラインのアンダーウェアの広告も印象的な登場の仕方をします。旧ソビエトの場面で会話に出てくるブランド名は、西側の消費文化への憧れを表現するのに役立っていると思います。
「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」のアリスンの独白にも、ブランド名が頻繁に顔を出します。これにはどういう役割があるのか、ざっと読み返してもよくわかりませんでした。消費にどっぷりつかっているアリスンの生活が空疎だと言いたいのでしょうか。




















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