「鉄と絹」
「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」の単行本10ページで、アリスンはスキップ・ペンドルトンという男について「雑誌の広告に出てくるウイスキーのデュワーズ・プロフィールってのあるでしょ。あれにでも登場したってちっともおかしくないくらい。まだ彼のとこにそのオファーが来てないなんてウソみたいね」と述べます。「雑誌の広告に出てくるウイスキーの」の部分は、例によって訳注でしょう。スキップは相場師で、イヤミな金持ち男です。
わたしは書店の輸入雑誌コーナーで"Esquire"や"GQ"を立ち読みしたり、時には購入していたので、「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」を読んだ時点で"Dewar's Profile"のことは知っていたと思います。デュワーズを愛飲している、さまざまな分野の成功者を紹介する広告で、調べてみたら1969年から続いているシリーズでした。ちなみに第1回に登場したのが俳優のジェリー・オーバック(「ブロードウェイ・バウンド」のTVムービーではアン・バンクロフトの夫の役)だそうです。当時、彼はミュージカル「プロミセス、プロミセス」に主演していて、広告で注目を集めたかったのだとか。紹介文には、住居、年齢、職業、趣味という一般的な項目のほか、最近読んだ本、最近達成したこと、職業を選んだ理由、座右の銘、profile(性格分析のようなもの)が箇条書きになっていて、最後は常に「彼のスコッチ:デュワーズ・ホワイトラベル」で締められます。デュワーズは大衆的な値段の酒らしいので、日本でいえば、違いが分かる人がインスタントコーヒーを飲むCMのようなものでしょうか。決まった質問に対する答えを並べる点は、「アクターズ・スタジオ・インタビュー」で司会のジェームズ・リプトンが行う、恒例の10の質問を思わせます。イヤミなくらい格好いい答えが多いところは、クレジットカードか何かの、恋人=ワイフ、週末=子どもになる、とかいうCMにも近いです。
1991年3月号の"GQ"に、Mark Salzmanという29歳の作家の"Dewar's Profile"が載っていました。最近達成したことは、中国での英語教師経験を書いた本の映画版で脚本・主演、とあります。その原作の翻訳が「鉄と絹」(角川書店)です。著者がイェール大学を卒業してすぐ、中国湖南省の医学生たちに英語を教えたときのカルチャー・ショックをつづった紀行ものです。「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」のスキップと違って、イヤミなところはなく、性格も文章も素直な印象でした。テレビの「燃えよ!カンフー」を見て中国にあこがれ、広東語をあやつれるようになった著者は、2年間の滞在中に潘清福という武術家と知り合い、弟子入りします。Pan Qingfu(パン・キンフー)は映画「少林寺」(1982年)の武術指導を担当し、悪役で出演もしています。このパン先生が相当に味のある人物に描かれていて、著者とパン先生が両方とも本人の役で出演している映画を見たい気持ちにさせます。講演で映画「E.T.」のストーリーを話すことにした著者が、マルセ太郎のようにぜんぶの役をひとりで演じてみせるくだりや、シャーリイ・ジャクスンの「くじ」という短編小説を教材にしたときの生徒たちの反応なども、映画で再現すればケッサクな場面になると思います。訳者あとがきに日本でも公開予定と書かれていて、本を読んでから10年以上待っていますが、わたしの知る限り、映画館でもビデオでも未公開です。今からでもケーブルテレビあたりで放送してもらえないでしょうか。ちなみに、パン先生が「鉄と絹」の2年後に出演した「キング・オブ・ドラゴン」という映画は、ビリーズ・ブートキャンプのビリー・ブランクスが出演しているというので、昨年DVDが出ました。
Mark SalzmanはJessica Yuという同じくイェール卒の映画監督と結婚しており、彼女が1997年に実写短編部門でオスカーを受賞した作品のサウンドトラックで、Salzmanは得意のチェロを演奏しているのだとか。「鉄と絹」のあとも、ノンフィクションとフィクションの両方の作品を発表しつづけています。日本では「プリズン・ボーイズ--奇跡の作文教室」(築地書館)という訳書が2005年に出ています。わたしは未読ですが、強盗や殺人の罪を犯した子どもたちに作文を教えた経験を書いたものだそうです。彼の姓は、「鉄と絹」ではザルツマン、「プリズン・ボーイズ」では<サ>ルツマンと表記されていて、一度の検索ですまない状況です。どちらかに統一してほしいものです。
(余談ですが、アンジェラ・ランズベリー主演の「ミセス・サンタクロース」の脚本はMark Saltzmanという人が書いています。スペルにtが入っていて別人なのですが、CDのクレジットで最初にこの名前を見たときは、あの"Dewar's Profile"に出ていた「鉄と絹」の作家がミュージカルを書いたのか、と勘違いしました)




















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