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「アテレコあれこれ」

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「ジェシカおばさんの事件簿」や「刑事コロンボ」の吹き替え翻訳を手がけた額田やえ子さんの著書です。単行本と文庫と2種類あり、単行本には「TV映画翻訳作家うちあけ話」、文庫には「テレビ映画翻訳の世界」という副題がついています。現時点では、どちらも絶版のようで、図書館か古書店で探すしか入手できないようです。

わたしが持っているのは中公文庫版のみです。その282ページに、ニューヨーク・ツアーに行ったときユリス劇場で「スウィーニー・トッド」を見て、アンジェラ・ランズベリーに圧倒されたこと、のちに「ジェシカおばさんの事件簿」を担当することになって浅からぬ縁を感じたことが書かれています。単行本の出版時には「ジェシカおばさん」は放送されていませんから、このくだりは文庫版で書き足されたのだと思います。なお、同じ箇所でSさんとして登場するのは、つい先日亡くなられた左近允洋氏のことでしょう。「刑事コロンボ」や「ジェシカおばさん」の吹き替え版演出を手がけた方です。

この本には、日本語版を作るために誰がどんな作業をしているかが、数々の逸話を積み重ねる手法で書かれています。特に、吹き替えが始まったばかりのころの収録にまつわるエピソードは、黒柳徹子の「トットチャンネル」に似た面白さで、現在では信じられないような話が満載です。吹替が定着して「逃亡者」などが人気を集めていたころの思い出にもかなりのページが割かれています。当時を覚えている方には懐かしい話題の連続だと思います。

また、英語と日本語の違いについても何度も触れられています。テレビドラマの日常的な台詞にシェイクスピアの引用が多いこと、それも決まった戯曲の決まった台詞がくり返し引用されて、慣用句のようになっていることや、英語は相手を罵倒する語彙が日本語よりもずっと豊富で、罵倒語の連続をそのまま和訳するとひじょうに不自然になることなど、興味深い指摘でした。「コンバット!」の台詞で、barbecueを<バーベキュー>と訳しても通じる日本人は限られるから<焼肉>と訳したが、すぐに日本にもバーベキューが普及して、再放送時には時代遅れの訳になってしまった、というようなエピソードが記憶に残っています。

学生のときに「アテレコあれこれ」を読んで、日本語吹替版の舞台裏をのぞけたのは楽しかったし、翻訳の苦労の一端を知ってなるほどと腑に落ちたのは確かですが、同時に、以前からうすうす感じていたことが確信に変わりました。それは、どんなに優秀な人が翻訳しても、原文を100パーセント日本語に置き換えるのは不可能で、こぼれ落ちた部分を理解したければ原文にあたるしかない、ということです。台詞の長さを合わせるため、放送禁止用語を避けるため、ジョークが通じないため、カットされたり言い換えられる表現はたくさんあります。以来、20年近く英語の勉強を続けていますが、読解はできるようになっても、聞き取りはまだまだダメで、<ロスト・イン・トランスレーション>の情報が多いと分かっていながら、字幕や吹き替えに頼っています。

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2008年4月

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