「虚偽/シチズン・コーン」
HBOは「エンジェルス・イン・アメリカ」以前にもエイズがテーマのTVムービーを製作しています。ランディ・シルツのノンフィクションを原作とする「運命の瞬間 そしてエイズは蔓延した」(1993年)です。これもオールスター・キャストによる力作でしたが、「エンジェルス・イン・アメリカ」のおかげで、わたしにとっては印象が希薄になってしまいました。同様に、ロイ・コーンの伝記もの「虚偽/シチズン・コーン」(1992年)も「エンジェルス・イン・アメリカ」に飲み込まれてしまった形ですが、この作品は赤狩りの時代がメインなので、「グッドナイト&グッドラック」(2005年)などで赤狩りに興味を持った方におすすめします。
「虚偽/シチズン・コーン」はVHSが発売されたときのタイトルです。WOWOW放送時は「赤狩り マッカーシーの右腕と呼ばれた男」と題されていました。ロイ・コーン役はジェームズ・ウッズで、ほとんど出ずっぱりの熱演です。演出は「狼たちの午後」(1975年)でオスカーを受賞した脚本家フランク・ピアソン。監督としてはジョン・ル・カレ原作の「鏡の国の戦争」(1968年)などを手がけています。
いまわの際のロイ・コーンが病室で幻覚を見ている設定で始まり、過去の回想がはさまれていきます。ジョセフ・マッカーシー(ジョー・ドン・ベイカー)、J・エドガー・フーバー(パット・ヒングル)などとの係わりが描かれる中で、赤狩りでもローゼンバーグ事件でも、彼らはロイ・コーンの影響下にあったような印象を与えます。これが史実通りなのかは分かりませんが、ウッズの演技の迫力で、そうだったのかもしれないと思わされました。ダシール・ハメット(「ハメット」(1982年)に引き続きフレデリック・フォレスト)、ウォルター・ウィンチェル(ジョセフ・ボローニャ)、ジョセフ・ウェルチ(エド・フランダース)、スペルマン枢機卿(ダニエル・ベンザリ)といった実在の有名人がにぎやかに登場しますが、もっとも興味深いのはコーンの母ドーラ(リー・グラント)の存在です。この母親は過保護で、かなりエキセントリックな性格に描かれており、いわゆるジューイッシュ・マザーとは違うものの、ジョークすれすれの感じです。作者は、コーンがユダヤ人なのにユダヤ人を憎み、同性愛者なのに同性愛者を憎むという矛盾を抱えるようになったのは、母親の影響だと言いたいかのようです。このあたり、ウッズの演技も含めて、全体に戯画化というか誇張しすぎの傾向があるドラマでした。
この作品は、エセル・ローゼンバーグ(カレン・ラドウィッグ)の幽霊が病室に現れたり、ロバート・F・ケネディ役のデビッド・マーシャル・グラントがブロードウェイ初演でジョーを演じた俳優だったり、何かと「エンジェルス・イン・アメリカ」を連想させます。これについてトニー・クシュナーは、文藝春秋から出ていた第一部の翻訳書(第二部は未刊)に収録されている訳者との対談で、「あれは監督が絶対僕の芝居からいろいろ盗んでいると思う」と述べています。「虚偽」が作られていたころ、「エンジェルス・イン・アメリカ」はブロードウェイに到達していませんが、サンフランシスコとロンドンではワークショップや通し公演で全体像が明らかになっていたから、盗作とも考えられます。また、伝記映画を主人公の死の場面から始めて、係わりのあった人物を幻覚という形で登場させるのは常套手段とも言えるので、偶然の一致かもしれません。
なお、「虚偽/シチズン・コーン」と同時期(93年ごろ)に、HBOのTVムービーがまとめてVHSで発売されました。ほかには「独裁/スターリン」、「汚名/アフターバーン」、「立候補/ダーティ・トリックス」、「情報屋/パワープレイ」といった作品があります。ディック・フランシスの<競馬シリーズ>を意識したような邦題のつけ方が特徴です。このうち、ロバート・デュバルがスターリンを演じた「独裁」、ダイアン・キートンとエド・ハリス主演の「立候補」を見ましたが、劇場公開作品に負けないクオリティだと思いました。




















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