「殺しの接吻」
ウィリアム・ゴールドマンは、他人の書いた小説を数多く映画用に脚色していますが、自作の脚色は「マラソンマン」(1976年)以降しか手がけていません。1960年代に映画化された「雨の中の兵隊」と「殺しの接吻」は他の脚本家が脚色しています。「雨の中の兵隊」は未見ですが、「殺しの接吻」はWOWOWで放送されたときに見ました。ロッド・スタイガー扮する連続殺人犯と彼を追う刑事(ジョージ・シーガル)の2人ともマザコンであるという設定が印象に残っています。
この映画はカルト的人気を誇っているようで、その一部の根強いファンを当て込んだのか、映画公開からずいぶん経ってから原作小説が日本語に翻訳されました。早川書房のハヤカワ・ミステリ(通称ポケミス)という長寿シリーズの中で、比較的最近<ポケミス名画座>なる企画が始まり、その一環で紹介されたのです。<ポケミス名画座>には「ハイ・シエラ」「紳士同盟」「バニー・レークは行方不明」などの原作が含まれています。
訳書のあとがきでも触れられていますが、「殺しの接吻」はミュージカル化されています。1987年の初演以来、大幅な手直しを経て、96年にオフ・ブロードウェイにたどりついた時のキャストが吹き込んだCDを手に入れました。プロデューサーは"Drat! The Cat!"のCDを世に送り出したのと同じブルース・キンメルです。"Drat! The Cat!"もそうでしたが、舞台を見ていなくても筋が追えるよう、曲と曲の間に台詞のやりとりをはさんでくれているので助かります。ミュージカル版は、小説よりも映画版のストーリーを採用していて、しかも殺人の件数を減らしています。また、連続殺人の被害者全員と、刑事の母親、殺人犯の母親、これらすべてを同じ女優が演じるという工夫が功を奏しているようです。こうすることで、犯人と刑事との共通点を際立たせられますし、犯人が殺人を行う動機も強調できます。しかも、出演者の数をおさえられる上、ベテラン女優にとって挑戦しがいのある役が出来上がるのですから、一石四鳥くらいの効果があります。CDを聞く限り、Alix Koreyという女優は複数の役を器用に演じ分けています。小冊子に散りばめられている舞台写真を見ると、彼女は映画版で刑事の母親を演じたアイリーン・ヘッカートにどことなく似ています。
この母親は、すっかり大人になっている刑事をいつまでも子ども扱いしていて、出来のよい兄と比較してばかりいます。兄は医師になっており、その功績がニューヨーク・タイムズ紙の記事で取り上げられるほど成功しています。この母親像は映画や小説によく出てくるジューイッシュ・マザーの戯画です。思い浮かぶ例としては、「グリニッチ・ビレッジの青春」のシェリー・ウィンタース、「ニューヨーク・ストーリー」のウディ・アレン編のメエ・クエステル、TV「となりのサインフェルド」のジョージ(ジェイソン・アレクサンダー)の母親エステルなどがあります。「殺しの接吻」の小説・映画・ミュージカルが現在の人気を獲得したのは、アメリカのポップカルチャーに行き渡っているジューイッシュ・マザーをネタにしたジョークと、まがまがしい連続殺人という題材がうまくミックスされているからだと、わたしは思っています。
ミュージカル版「殺しの接吻」は今もアメリカ各地の地方劇団が上演し続けています。出演者がたった4人で済むので手軽に上演できるという事情もあるでしょうし、覚えやすくて魅力的なナンバーが多いからでもあるでしょう。このCDを聞けば、刑事がひとめぼれした恋人と歌う"So Far, So Good"、恋人が母親と意気投合して歌う"So Much In Common"などのメロディーが頭から離れなくなること請け合いです。作詞・作曲・台本のダグラス・J・コーエンは他でもさぞかし活躍しているだろうと思って検索してみると、とても寡作らしく、他には数作しか見つかりませんでした。現在、ブロードウェイでの上演を目指している新作"The Opposite of Sex"は、クリスティナ・リッチが主演した「熟れた果実」(1997年)というインディーズ映画が基になっているそうです。日本では劇場未公開でVHSが出たのみで、これもカルト的人気のある映画なのだとか。ダグラス・コーエンの名前がもっとメジャーになるのを期待しています。




















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