2007年12月記事一覧
「夢想の研究」の著者、瀬戸川猛資氏は本来ミステリーの評論が専門で、「夜明けの睡魔」(単行本:早川書房、文庫:東京創元社、創元ライブラリ)という1970年代以降の比較的新しいミステリー小説を論じた本が有名です。彼はまたトパーズプレスという出版社の主宰者でもありました。トパーズプレスは、「雨の午後の降霊祭」や「狩人の夜」といった映画の原作小説を刊行したり、雑誌「スクリーン」の長期連載をまとめた双葉十三郎著「ぼくの採点表」シリーズを刊行してくれた、映画ファンにとって貴重な出版社でした。
「夢想の研究」と「夜明けの睡魔」は単行本にまとめられる前、月刊誌「ミステリマガジン」に連載されていました。この雑誌は基本は小説誌で、"Ellery Queen's Mystery Magazine"や"Alfred Hitchcock's Mystery Magazine"に掲載された欧米作家の短編が翻訳で読めることがウリになっています。しかし、日本オリジナルのエッセイ、評論もさまざまな書き手が手がけていて、映画に関するものも混じっています。わたしの場合、「ミステリマガジン」はエッセイを中心に読んでいて、小説はスキップするという本末転倒の読み方をしています。エッセイもすべて読むわけではなく、興味の持てないテーマのものや、文章が肌に合わないものは飛ばしています。
過去の連載で毎号楽しみにしていたのは、「夢想の研究」のほか、山田宏一「美女と犯罪」、小熊文彦「彼らもまた忘れられた」などです。中には単行本にまとまっているものもあります。どの連載も、新作・旧作を問わず、面白い映画とそれにまつわるエピソードを教えてくれました。
今月発売の「ミステリマガジン」をめくると、1975年から93年まで編集長をつとめた菅野氏の追悼文が164-5ページにありました。上記の連載のほとんどは菅野氏が編集長だった時期のものです。204ページのオットー・ペンズラー氏の連載では、先月亡くなったアイラ・レビンの追悼にかなりのスペースが割かれています。
先月号で大幅リニューアルした「ミステリマガジン」の連載陣は、現在もにぎやかな顔ぶれですが、わたしが現在注目している連載はありません。それでも、ちょっと流し読みしただけで面白そうな本とDVDに関する記事を見つけました。158ページで紹介されている川本三郎著「ミステリと東京」(平凡社)と、209ページで紹介されているアレック・ギネス主演「カインド・ハート」のDVDです。映画専門誌は、当然ながら映画の情報で全ページが埋まっていて、その中から自分に必要な情報を見つけるのは大変ですが、ミステリー関連にしぼられた雑誌から映画の情報をピックアップするのは簡単で効率がよいです。連載は読まなくなっても、映画情報を求めてこの雑誌を読み続けると思います。毎号、河原畑寧氏の映画批評も載っていて、これもおすすめです。
<モンキー裁判>については、NHKが放送した「映像の世紀」(1995~96年)というドキュメンタリーのシリーズもので取り上げられていました。この番組はDVD化されていますが、わたしは放送当時に見たきりです。記憶違いでなければ、裁判所の周囲で猿のぬいぐるみが売られている光景や、休廷中に傍聴人たちにコーラを売っていた人物の日記が朗読で紹介されていました。現在でこそ法廷にカメラが入ることは珍しくありませんが、1925年に行われた裁判ですから、映像記録が乏しくて当然でしょう。「風の遺産」で評決が出る場面では、原作の舞台劇でも映画でも法廷にマイクが設置され、ラジオで評決が生中継されます。これが史実どおりなら、音声の記録は残っていそうです。
<モンキー裁判>と映画「風の遺産」について、わたしが初めて知ったのは瀬戸川猛資著「夢想の研究」(単行本:早川書房、文庫:東京創元社・創元ライブラリ)という本を読んだときでした。この本は「活字と映像の想像力」という副題が示す通り、小説と映画の話題を行ったり来たりしながら、著者の持論を展開する評論集です。同書の「聖域へ」と題する章は、コーランとサルマン・ラシュディ著「悪魔の詩」の話からはじまります。それがまもなくキリスト教原理主義の話題となり、「風の遺産」につながるのです。映像と活字の垣根を越えて話がなめらかに移っていくところがユニークだと思います。
「夢想の研究」のほかの章の題名と内容をいくつか並べてみます。
・謎解き―男だけの世界
「十二人の怒れる男」をヒューマニズムの観点からでなく謎解きミステリーの観点で評価しなおしています。
・獅子王変化
ヴィンセント・プライスが主演した、シェークスピア作品が豊富に引用されるホラー映画「虐殺のカーテンコール」こと「シェークスピア連続殺人!!血と復讐の舞台」を紹介しています。
・からくり兎
アニメーションと実写の合成技術の見事さが話題となった「ロジャー・ラビット」を、これまた謎解きミステリーの観点で評価しています。
・硝子玉とコルク玉
オーソン・ウェルズの「市民ケーン」は、日本人に愛されている有名な謎解きミステリー小説が発想源ではないか、という仮説を立てています。
・もうひとつの顔
ビリー・ワイルダー監督のフィルモグラフィーを振り返って、ロマンティック・コメディーの職人監督という顔とは違う別の顔を浮き彫りにしています。
・太古の祭り
ハロウィーン、冬至、クリスマスの関係を取り上げて、年末年始にくり返しテレビで放送される映画の意義に触れています。
以上の中で「太古の祭り」が本書の特徴をいちばんよく表している章だと思います。「忠臣蔵」と「素晴しき哉、人生!」を並べて論じる突飛さが読み進むうちに解消されて、最後には著者の主張に同意し、「忠臣蔵」と「素晴しき哉、人生!」を見直したい気持ちにさせてくれます。今の時期にぴったりの評論です。
現実に行われた裁判が基になっていて、大物男性スター2人が弁護士役でぶつかり合うという共通点がありながら、「裁かれた壁」と対照的なのが「風の遺産」(1960年)です。これは1925年にテネシー州で行われた<モンキー裁判>を下敷きにした舞台劇"Inherit the Wind"(ジェローム・ローレンス、ロバート・E・リー作)の映画化ですが、事実に忠実な再現ではなく、場所や登場人物の名前を変え、脚色を加えています。だからこそ娯楽性が強く、スペンサー・トレイシーとフレドリック・マーチの演技合戦が楽しめる第一級のエンターテインメントです。日本では劇場未公開に終わりましたが、テレビで放送され、現在はDVDで簡単に見られます。
南部の町サムナーで、生物の教師がダーウィンの進化論を授業で教えたため、裁判にかけられることになります。学校では「神が人間を創造した」という創造論のみを教えるべきだと言うのです。この裁判は全米の注目を集め、大物弁護士2人が名乗りをあげます。進化論を支持して教師を弁護する役がS・トレイシー、進化論を否定する原告側の弁護士がF・マーチです。2人とも貫禄たっぷりの演技で、堂々と論陣を張ります。マーチが宗教学の専門家として証言台に立つという後半の展開が特に面白いです。主役2人が証人と弁護士の立場で対決するわけで、裁判劇ならではのクライマックスと言えるでしょう。
弁護士2人は名前を変えてありますが、クラレンス・ダロー(S・トレイシー)とウィリアム・ジェニングス・ブライアン(F・マーチ)がモデルです。どちらもたいていのアメリカ人が知っている有名人です。この作品に描かれているもう一人の有名人は、新聞記者のH・L・メンケンです。彼をモデルにした人物をミュージカル・スターのジーン・ケリーが演じています。メディア代表として登場するこの人物は、軽薄で単純な性格に描かれていて、ブライアンの信仰心に理解を示すダローと対比されています。このあたりの人物配置は、原作となった舞台劇の巧みなところだと思います。
舞台劇は今年、クリストファー・プラマーとブライアン・デネヒーの主演でブロードウェイでリバイバル上演されました。映像作品のリメイクも3通りあって、日本では1999年にジャック・レモンとジョージ・C・スコット主演で作られたTVムービーが見られます。「風の行方」の題でVHSが発売され、WOWOWやCSの各チャンネルで放送されました。
AFI創設者のジョージ・スティーブンス・ジュニアは、「七十年目の審判」ではプロデュースと脚色を手がけていましたが、この「裁かれた壁」(1991年)では脚本・演出を担当しています。これも実際にあった裁判をめぐる出来事を再現した内容です。その裁判は、黒人が白人と平等の教育を受けるチャンスを得るきっかけになった事例で<ブラウン対教育委員会>として知られています。
1950年当時、サウスカロライナ州の黒人の子どもたちは、毎日何マイルも歩いて通学していました。校長や親たちは、白人と同じ通学バスを要求しますが拒否されます。その後、署名を集めてサーグッド・マーシャル(シドニー・ポワチエ)を代理に立て、分離教育が違憲であると連邦裁判所に訴えます。州側はジョン・W・デービス(バート・ランカスター)を代理に立てます。裁判は最高裁まで進み、9人の裁判官が全員一致で違憲を認める結果となります。
原題の"Separate But Equal"とは、分離教育を認めた19世紀末の最高裁判決を指しています。教育設備が平等に整えられていれば、黒人と白人を別々の公立学校に通わせても構わないという、この判決が違憲であるとして破棄されることになったわけです。
のちの公民権運動にも大きな影響を与えた、歴史的に重要な裁判の過程を描く作品ですが、ジョージ・スティーブンス・ジュニアは実に真面目に映像化に取り組んでおり、ドラマティックにするための誇張が見られません。対立する2人の法律家をポワチエとランカスターというスター俳優に演じさせるのですから、最高裁のシークエンスを丁々発止の論戦で盛り上げたくなるのが普通でしょう。
しかし、話が最高裁に移ると首席裁判官のアール・ウォーレン(リチャード・カイリー)の動きが中心になり、ポワチエとランカスターはしばらく登場しなくなります。ウォーレンは全員一致の判決を出すことを重視し、同僚を一人ずつ説得して歩きます。このくだりで、ウォーレンが机に鉛筆立てを2つ置き、一方に立てた鉛筆を他の裁判官に見立て、ひとり説得が終わるごとに鉛筆をもう一方に移していく演出がありました。この演出は、なんだかウォーレンがゲームでもしているようで、真面目に徹した作品から浮いている印象でした。
ジョージ・スティーブンス・ジュニアにとって、黒人初の最高裁判事になったサーグッド・マーシャルは重要な存在のようです。「裁かれた壁」を作っただけでなく、今度は"Thurgood"と題する戯曲を書きました。これは男優1人だけが出演する一人芝居です。2006年の初演にはジェームズ・アール・ジョーンズが出演しました。2008年3月に予定されているブロードウェイ公演にはラリー・フィッシュバーンが出演します。この舞台劇がどんな評価を受けるか、注目したいと思います。
ジャック・レモンとケビン・スペイシーは師弟関係にあるらしく、舞台・映画・テレビで共演しています。レモンは、<AFI生涯功労賞>を受けたのと同じ年に4時間のミニシリーズに主演しました。それが日本でVHS2巻ものとして発売されたときの題名が「七十年目の審判」(1988年)です。わたしはNHKが前後編に分けて放送した吹替版「メアリー・フェイガン殺人事件」で見ました。原題は"The Murder of Mary Phagan"です。内容は有名な冤罪事件を再現したもので、ジャック・レモンはアトランタ州知事の役でした。ケビン・スペイシーが新聞記者役で出ているほか、ジョージ・スティーブンス・ジュニアがプロデューサーおよびジェフリー・レインと共同による脚色者としてクレジットされています。原案は「ラストショー」「ロンサム・ダブ」「ブロークバック・マウンテン」のラリー・マクマートリー、演出はミニシリーズ「テキサス殺人事件」などのビリー・ヘイルです。
1913年8月、アトランタ州の鉛筆工場で13歳のメアリー・フェイガンの遺体が発見されます。前日は祝日で、給料を受け取りに行ったメアリーのほか、数名しか工場にはいませんでした。その中で殺人容疑は工場長のレオ・フランク(ピーター・ギャラガー)に向けられます。彼は東部出身のユダヤ人で、南北戦争後も根強く残るヤンキーへの憎しみ、ユダヤ人差別、経済的成功者への妬みが重なる、理想的な容疑者だったのです。レオが逮捕され、状況証拠のみで死刑判決が出ますが、スレイトン知事(ジャック・レモン)が再検証に乗り出します。夫の無実を信じる妻ルシル(レベッカ・ミラー)が希望をつないだ矢先、暴徒たちによるリンチでレオは死亡。スレイトン知事の政治生命も絶たれます。裁判でレオに不利な証言をした黒人の掃除夫ジム・コンリー(チャールズ・S・ダットン)が真犯人であったことが明らかになったのは事件の約70年後でした・・・。
南北戦争後の混乱から立ち直り、経済的発展を遂げつつあった当時のアトランタの時代色がていねいに再現され、裁判をめぐる政治的駆け引きの面白さも描きこまれていて、見ごたえのある作品です。双葉十三郎著「ぼくの採点表・1980年代編」(トパーズプレス刊)で、事件の再検証のくだりがミステリーとして面白いと評されていたのがきっかけで見たのですが、わたしの記憶にいちばん残っているのは演技陣が充実していたことです。上に挙げた以外にも、ロバート・プロスキー、リチャード・ジョーダン、シンシア・ニクソン、ディラン・ベイカー、ウィリアム・H・メイシー、ロレッタ・ディバイン、キャスリン・ウォーカーなどが出演していますが、憎まれ役の多いピーター・ギャラガーが珍しく善人を演じて出色でした。
この事件を扱った映画、戯曲、小説は多数あります。近年ではアルフレッド・ウーリーの台本、ジェイソン・ロバート・ブラウン作詞・作曲、ハロルド・プリンス演出によるミュージカル"Parade"が代表例でしょう。ウーリーが代表作「ドライビングMissデイジー」のモデルにした祖母は、ルシル・フランクの友人だったそうです。ジャック・レモンとケビン・スペイシーが共演した映画「摩天楼を夢みて」の原作戯曲を書いたデビッド・マメットによる"The Old Religion"(1997年)という小説もあるのですが未読です。
AFIの<生涯功労賞>授賞式はだいたい同じ構成ですが、フレッド・アステアの回では全員壇上でスピーチしていたのが、ほかの回では一部の人はテーブルのところで立ち、リレー形式でスピーチするのが違っています。
リレー形式は、ひとつひとつのスピーチが短く、受賞者と仕事をしたときのエピソードを披露するだけの人が続きます。フレッド・アステアの授賞式に欠席していたジンジャー・ロジャースは、ビリー・ワイルダーが受賞したとき(司会ジャック・レモン)にはリレー形式のスピーチに加わって、ワイルダー監督の「少佐と少女」撮影時のエピソードを話しました。ジャック・レモンのとき(司会ジュリー・アンドリュース)は、ジャネット・リーが「お熱いのがお好き」撮影時の話をしました。彼女は「お熱いのがお好き」に出てませんが、トニー・カーティスと結婚していたので見学に行ったのでしょう。
リレー形式の最後の1人は受賞者と無縁のコメディアンがつとめて、ジョークを連発して笑わせるのもよく見かけるパターンです。たとえば、ワイルダー監督の授賞式ではウーピー・ゴールドバーグがジョーク担当で、ワイルダーの幻に終わった映画の企画というのをならべました。ジャック・レモンのときは、スティーブ・マーティンがレモンが代表作を持てたのはすべて自分のアドバイスに従ったからだとホラを吹きました。
マーティンのジョークも面白かったけれど、ケビン・スペイシーが「夜への長い旅路」の舞台でレモンと共演したときのエピソードを、レモンの物真似を交えながら話したのが更に可笑しかったです。関西テレビで「ジャック・レモンのすべて」を放送した時点で、わたしはすでにスペイシーが出演した「心みだれて」や「ワーキング・ガール」を映画館で見ていたはずですが、彼の名前と顔が一致したのはレモンの物真似のおかげでした。
AFIは、監督の育成と生涯功労賞の授賞のほかに、映画・テレビの優秀作品を毎年選出することもしているのだそうです。今日付けのバラエティ・ジャパンのニュースに出ていました。
前回ご紹介したレーザーディスクのボックス・セットで、もっともくり返し再生しているのはVol.3のフレッド・アステアの授賞式の模様です。関西テレビで「フレッド・アステアのすべて」という題で放送されたときの録画も含めると、相当な回数見ていますが、いまだに飽きません。アステアの出演作では「トップ・ハット」「イースター・パレード」「バンド・ワゴン」などを持っているのに、そのソフトを再生するよりも、授賞式のディスクで名場面集を再生する回数のほうが断然多いです。
番組がどんな構成になっているか、ご紹介します。
・歴代の受賞者紹介
・前年の受賞者ジェームズ・スチュアートが今年の受賞者はアステアですと告げる
・会場のビバリーヒルトン・ホテル入りするデビー・レイノルズ、アーネスト・ボーグナインら
・「トップ・ハット」の一場面
・主賓のアステアが入場、着席
・AFI理事のチャールトン・ヘストンがあいさつして、司会のデビッド・ニーブンを紹介
・姉アデルとコンビを組んでいた時代の紹介
・「ダンシング・レディ」「有頂天時代」の一場面
・ミハイル・バリシニコフのスピーチ
・「空中レヴュー時代」「コンチネンタル」などジンジャー・ロジャースと共演した作品のクリップ
・ニーブンがジンジャー・ロジャースとレーガン大統領からのメッセージを代読
・「踊るニュウ・ヨーク」の一場面を通じて紹介されたエレノア・パウエルのスピーチ
・ボブ・フォッシーのスピーチ
・「スイング・ホテル」「踊る騎士」「恋愛準決勝戦」などアステアのソロのクリップ
・「バンド・ワゴン」の一場面を通じて紹介されたシド・チャリシーのスピーチ
・「パリの恋人」の一場面を通じて紹介されたオードリー・ヘップバーンのスピーチ
・「晴れて今宵は」「足ながおじさん」などの一場面を通じてリタ・ヘイワース、レスリー・キャロンなどの相手役を紹介
・ニーブンがアービング・バーリンからの手紙を代読
・「踊らん哉」「絹の靴下」などの一場面を通じて歌手としてのアステアをクローズアップ
・ハーミズ・パンのスピーチ
・ジェームズ・キャグニーのスピーチ
・TVショー「フレッド・アステアの夕べ」の一場面を通じて紹介されたバリー・チェイスのスピーチ
・「ジーグフェルド・フォリーズ」の一場面を通じて紹介されたジーン・ケリーのスピーチ
・AFI理事長ジョージ・スティーブンス・ジュニアのスピーチ
・アステアの受賞スピーチ
ジンジャー・ロジャースがほかの仕事で欠席しているのを除けば、理想的な顔ぶれがそろっていて、進行もとてもスムーズです。関西テレビの放送分は、スピーチが数人分カットされていたのは仕方ないにしても、TVショーの一場面はカットしないでほしかったです。1958年に放送されたものだそうですが、モノクロ映像でなくカラーです。
なお、ジョージ・スティーブンス・ジュニアとは、「陽のあたる場所」「シェーン」のジョージ・スティーブンス監督の息子です。父親が監督した「有頂天時代」のセットを4歳のときに訪ねてアステアに会ったのだとか。彼は生涯功労賞の授賞式にほぼ毎回登場しています。
AFIのサイトでDirecting Workshop for Womenのページを開いてみると、リー・グラント以外にジョアン・ウッドワード、エレン・バースティン、シャーリー・ナイトなどの有名女優も、ここで過去に演出を学んだ人々のリストに名前があがっています。「愛は静けさの中に」(1986年)のランダ・ヘインズ監督、「テスタメント」(1983年)のリン・リットマン監督の名前も見えます。
AFIは教育機関でもあるわけですが、一般人にとっては授賞式の模様がテレビ番組として放送される<AFI生涯功労賞>や、やはりテレビ番組の<AFIが選ぶ名作映画100>とか<AFIが選ぶ名台詞100>で馴染みのある名前でしょう。わたしも先ず、AFI Lifetime Achievement Awardを連想します。この賞の初期の授賞式は、レーザーディスクのボックス・セットで発売されたものを持っています。DVDは発売されたかどうか分かりません。この授賞式は、受賞者・司会者・スピーチする顔ぶれの組み合わせが興味津々ですし、受賞者の過去の作品から抜粋したクリップ集と各人のスピーチもよく出来ていいるので、面白くてためになります。娯楽番組として見て楽しめるだけでなく、資料的価値もあると思います。
「栄光のハリウッド AFI功労賞に輝く巨匠とスター」はVol.4まであります。各巻に収録されている監督・スターは次のとおりです。
Vol.1 第1回ジョン・フォード、第2回ジェームズ・キャグニー、第3回オーソン・ウェルズ、第5回ベティ・デイビス
Vol.2 第6回ヘンリー・フォンダ、第7回アルフレッド・ヒッチコック、第8回ジェームズ・スチュアート
Vol.3 第9回フレッド・アステア、第10回フランク・キャプラ、第11回ジョン・ヒューストン、第12回リリアン・ギッシュ
Vol.4 第13回ジーン・ケリー、第14回ビリー・ワイルダー、第16回ジャック・レモン
第4回ウィリアム・ワイラーと第15回バーバラ・スタンウィックが省かれているのは<権利の関係>のためだそうです。第1回授賞式は1973年で、毎年1人ずつ選ばれているわけですが、重要な名前が欠けているように感じます。チャールズ・チャップリン、キャサリン・ヘップバーンなどです。ひとつには、授賞式の模様を番組として放送することが前提なので、海外在住で呼び寄せるのが難しかったり、テレビ出演を拒否していたり、病気などの理由で人前に出られなかったりする人は、授賞対象にならないものと考えられます。とはいえ、受賞していない監督やスターも、ほかの人の回でスピーチを聞けるケースが多いため、この番組は貴重です。
日本語版は、レーザーディスクのボックス・セットが初めてではなく、民放の深夜番組として放送されていました。わたしは関西に住んでいたとき、ヒッチコック監督の回を見たのが最初だったと思います。司会のイングリッド・バーグマンがジョークを言ってスベッたのをかすかに覚えていて、ボックス・セットを買ったときにその部分を見て記憶がよみがえりました。この授賞式の舞台裏について、晶文社から出ている「ヒッチコック/トリュフォー 映画術」のあとがきで、フランソワ・トリュフォー監督が語っています。興味深いエピソードなので一読をおすすめします。
ほかにアステア、ワイルダー、レモンと第17回のグレゴリー・ペックの授賞式は<KTV洋画劇場>の枠で見ましたが、これはカット版だったようです。<KTV洋画劇場>では同じ監督やスターの作品をまとめて放送することが年に何度かあり、そうした特集のラインナップに授賞式が加わっていました。カットされていても、その監督やスターのファンにとって嬉しいサービスだったのではないでしょうか。第18回以降は、関東に引っ越してしまったので、放送されたのかどうか知りません。
第24回のクリント・イーストウッドと続くマーティン・スコセッシの回は、CSでの放送を見ました。CSはチャンネル数が多くて追いかけきれませんし、まだまだ現役の人が受賞するケースが増えて<生涯功労賞>と呼べない気がして、最近は興味が薄れています。授賞式は毎年キチンと開かれていて、第35回の今年はアル・パチーノが受賞し、来年はウォーレン・ビーティが受賞することが公表されています。
「虚偽/シチズン・コーン」でロイ・コーンの母親を演じたリー・グラントは、赤狩りの犠牲者の1人とされています。彼女は映画「探偵物語」(1950年)で舞台の当たり役を演じてオスカーにノミネートされ、順風満帆のハリウッド・デビューを飾ったあと、夫で劇作家のアーノルド・マノフについて非米活動委員会で証言を求められたのに拒否したためブラックリストにのせられ、ニューヨークに戻って舞台とテレビの仕事を続けました。そういう経験をした女優が赤狩りを推進した男の母親を演じているのは皮肉ですし、一種のリベンジだったのかもしれません。
リー・グラントの名バイプレーヤーとしての活躍は長く、受賞歴もにぎやかです。テレビでは、60年代半ばのTVシリーズ「ペイトン・プレイス物語」で最初のエミー賞を得て、「虚偽/シチズン・コーン」のフランク・ピアソン監督と組んだ「ネオン輝く日々」(1971年)で2度目のエミー賞を得ています。後者のTVムービーはギグ・ヤングとの共演作で、わたしはぜひ見たいと思っているのですがチャンスに恵まれません。エミー賞では他に「刑事コロンボ/死者の身代金」の犯人役、主演シリーズ"Fay"、「虚偽/シチズン・コーン」などで候補になりました。60年代にはハリウッド映画にも復帰して、「真夜中の青春」(1970年)「シャンプー」(1975年)「さすらいの航海」(1976年)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、「シャンプー」で受賞しました。
女優としての活躍以外に、彼女には映画監督としての顔もあります。AFI(American Film Institute)で学んだあと、ドキュメンタリーとフィクションの両方を手がけているのが監督としてユニークだと思います。ドキュメンタリーの"Down and Out in America"(1986年)はHBOが製作した作品で、グラントはナレーションも担当し、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を獲得しています。失業してホームレスになった人々に取材したものだそうですが、日本には入ってきてないようで未見です。
「ロストホーム」(1989年)は、このドキュメンタリーの副産物というのか、同じテーマをフィクションとして扱ったCBSのTVムービーです。これは10年ほど前にテレビ東京の昼の映画枠で見ました。ジェフ・ダニエルズとクリスティン・ラーティ夫妻には幼い子どもが2人いて、夫はアパートの管理人をしながら電気技師の資格をとるために勉強をしており、妻はウェイトレスをしていました。ある日、アパートが火事になり、一家は家を失うと同時に夫は仕事も失います。しばらくは親戚(キャシー・ベイツ)の家にやっかいになり、夫は電気技師として職も見つけるのですが、親戚に頼りつづけるわけにもいかず、福祉施設に移ることになります。夫の雇い主が廃業して引退することを決めたため、次の仕事が見つかるまで家族は離れ離れになります。さらに不運が続くのですが、最後までリアルな展開で、安易な解決を拒否した作りになっていました。ドキュメンタリーでは見てくれない視聴者層に真摯なメッセージを伝えようとする姿勢がうかがえるだけでなく、グラントの演出家としての腕前もなかなかすぐれていると思いました。
彼女は同様にして、"Wilmar 8"(1981年)というドキュメンタリーで賃金や昇進で男性と平等の待遇を求めてストライキをした女子銀行員たちに取材したあと、"A Matter of Sex"(1984年)というTVムービーを作り、後者には娘のダイナ・マノフと共に出演もしました。こういう取り組みをした監督は珍しいと思うので、映画監督リー・グラントの紹介が日本でもなされることを期待しています。特にフィクションの"Tell Me a Riddle"(1980年)はぜひ見たいです。メルビン・ダグラスとリラ・ケドロヴァが老夫婦に扮したロードムービーらしく、「黄昏」(1981年)や「バウンティフルへの旅」(1985年)に先立つ作品と言えそうです。
HBOは「エンジェルス・イン・アメリカ」以前にもエイズがテーマのTVムービーを製作しています。ランディ・シルツのノンフィクションを原作とする「運命の瞬間 そしてエイズは蔓延した」(1993年)です。これもオールスター・キャストによる力作でしたが、「エンジェルス・イン・アメリカ」のおかげで、わたしにとっては印象が希薄になってしまいました。同様に、ロイ・コーンの伝記もの「虚偽/シチズン・コーン」(1992年)も「エンジェルス・イン・アメリカ」に飲み込まれてしまった形ですが、この作品は赤狩りの時代がメインなので、「グッドナイト&グッドラック」(2005年)などで赤狩りに興味を持った方におすすめします。
「虚偽/シチズン・コーン」はVHSが発売されたときのタイトルです。WOWOW放送時は「赤狩り マッカーシーの右腕と呼ばれた男」と題されていました。ロイ・コーン役はジェームズ・ウッズで、ほとんど出ずっぱりの熱演です。演出は「狼たちの午後」(1975年)でオスカーを受賞した脚本家フランク・ピアソン。監督としてはジョン・ル・カレ原作の「鏡の国の戦争」(1968年)などを手がけています。
いまわの際のロイ・コーンが病室で幻覚を見ている設定で始まり、過去の回想がはさまれていきます。ジョセフ・マッカーシー(ジョー・ドン・ベイカー)、J・エドガー・フーバー(パット・ヒングル)などとの係わりが描かれる中で、赤狩りでもローゼンバーグ事件でも、彼らはロイ・コーンの影響下にあったような印象を与えます。これが史実通りなのかは分かりませんが、ウッズの演技の迫力で、そうだったのかもしれないと思わされました。ダシール・ハメット(「ハメット」(1982年)に引き続きフレデリック・フォレスト)、ウォルター・ウィンチェル(ジョセフ・ボローニャ)、ジョセフ・ウェルチ(エド・フランダース)、スペルマン枢機卿(ダニエル・ベンザリ)といった実在の有名人がにぎやかに登場しますが、もっとも興味深いのはコーンの母ドーラ(リー・グラント)の存在です。この母親は過保護で、かなりエキセントリックな性格に描かれており、いわゆるジューイッシュ・マザーとは違うものの、ジョークすれすれの感じです。作者は、コーンがユダヤ人なのにユダヤ人を憎み、同性愛者なのに同性愛者を憎むという矛盾を抱えるようになったのは、母親の影響だと言いたいかのようです。このあたり、ウッズの演技も含めて、全体に戯画化というか誇張しすぎの傾向があるドラマでした。
この作品は、エセル・ローゼンバーグ(カレン・ラドウィッグ)の幽霊が病室に現れたり、ロバート・F・ケネディ役のデビッド・マーシャル・グラントがブロードウェイ初演でジョーを演じた俳優だったり、何かと「エンジェルス・イン・アメリカ」を連想させます。これについてトニー・クシュナーは、文藝春秋から出ていた第一部の翻訳書(第二部は未刊)に収録されている訳者との対談で、「あれは監督が絶対僕の芝居からいろいろ盗んでいると思う」と述べています。「虚偽」が作られていたころ、「エンジェルス・イン・アメリカ」はブロードウェイに到達していませんが、サンフランシスコとロンドンではワークショップや通し公演で全体像が明らかになっていたから、盗作とも考えられます。また、伝記映画を主人公の死の場面から始めて、係わりのあった人物を幻覚という形で登場させるのは常套手段とも言えるので、偶然の一致かもしれません。
なお、「虚偽/シチズン・コーン」と同時期(93年ごろ)に、HBOのTVムービーがまとめてVHSで発売されました。ほかには「独裁/スターリン」、「汚名/アフターバーン」、「立候補/ダーティ・トリックス」、「情報屋/パワープレイ」といった作品があります。ディック・フランシスの<競馬シリーズ>を意識したような邦題のつけ方が特徴です。このうち、ロバート・デュバルがスターリンを演じた「独裁」、ダイアン・キートンとエド・ハリス主演の「立候補」を見ましたが、劇場公開作品に負けないクオリティだと思いました。
HBOが製作したオリジナル作品の中で、もっとも規模が大きくて、もっとも話題を呼んだのは、「エンジェルス・イン・アメリカ」(2003年)でしょう。全6時間におよぶミニシリーズです。原作はトニー・クシュナーの舞台劇で、3時間ずつの2部構成になっていたものを、クシュナー自身の脚色、マイク・ニコルズの監督でかなり忠実に映像化されました。
HBOで映像化される前にも映画化の話はあり、ロバート・アルトマン監督が手がける予定だったそうです。実現しなかったのは、2~3時間の1本の映画に内容を圧縮できなかったことも一因だと、原作者がインタビューで語っていました。「指輪物語」を3部構成で映画化する企画にはゴーサインが出るのに、ピュリッツァー賞、トニー賞などを獲得した名作戯曲を2部構成で映画化できなかったのは、大人の観客だけをターゲットにした企画がほとんど見当たらない現在のハリウッド映画を象徴する出来事だと思います。「エンジェルス・イン・アメリカ」はエイズが重要なテーマなので、子どもは最初からターゲットになりえないのです。その点ケーブルテレビなら、長時間の作品はシリーズとして放送すればよいし、内容が大人向けでも問題ないわけです。
「エンジェルス・イン・アメリカ」は、80年代のニューヨークを背景に描かれる7人の人間模様が筋書きの中心です。女装のゲイ、プライアー(ジャスティン・カーク)は、エイズにかかったことを同棲相手のルイス(ベン・シェンクマン)に打ち明けます。ルイスは連邦控訴裁判所のワープロ係で、同裁判所の書記官ジョー(パトリック・ウィルソン)がゲイだと見抜きます。ジョーはユタ州の敬虔なモルモン教徒の家庭で育ち、同郷のハーパー(メアリー・ルイーズ・パーカー)と結婚して、自らの同性愛を否定しつづけていました。しかし、ジョーはルイスと体の関係を持つようになります。プライアーを見捨てて彼のもとを逃げ出したルイスは、友人の看護師ベリーズ(ジェフリー・ライト)に会って、自分のしたことを正当化しようとします。一方、ジョーは有力政治家で同じく隠れゲイのロイ・コーン(アル・パチーノ)に目をかけられていました。実は、ロイ・コーンもエイズに感染していました。ある晩、ジョーは故郷の母ハンナ(メリル・ストリープ)に電話をかけ、同性愛者だと打ち明けます。とるものもとりあえずニューヨークへ出てきたハンナは、ハーパーが薬物中毒であることを知ります。ロイ・コーンの病状が悪化し、入院した病院で彼に付き添うことになったのはベリーズでした・・・。
ここまでは、いくつか偶然はあるものの、現実味のある人間関係が描かれていて、とっつきやすいと思います。しかし、この作品にはタイトルにあるエンジェル(エマ・トンプソン)が重要な役割で登場します。天使はプライアーの前に現れ、彼が預言者だと言うのです。また、ロイ・コーンは実在した人物なのですが、彼が関わった事件でスパイとして処刑された、やはり実在の女性、エセル・ローゼンバーグ(メリル・ストリープ二役)の霊が彼の病室に現れます。このほかにもいくつか超自然の要素、モルモン教という宗教の要素が含まれているため、ついていけなくなる人もいるかもしれません。
しかし、それらの要素さえ乗り越えれば、これほど充実したキャスト、台詞、テーマがそろっている映像作品は、ここ10年、世界中のどこの国でも作られていないと思います。わたしは、原作の戯曲が東京で上演されたものを2種類見て(どちらも演出は同じロバート・アラン・アッカーマンでしたが、劇場の大きさやキャストがまるで違っていました)、内容にあらかじめ親しんでいたのですが、マイク・ニコルズ監督によるこのミニシリーズを見て、新たに感じたこともいろいろありますし、理解が深まった部分もありました。原作が数々の賞を受けたことはすでに述べましたが、この映像化も高く評価され、エミー賞で史上最多受賞のタイ記録を残しています。「エンジェルス・イン・アメリカ」に初めて接する人にもおすすめです。
長い作品で見どころも多いのですが、ひとつ挙げるとすれば、ロイ・コーンが医師(ジェームズ・クロムウェル)にエイズ感染を告げられる場面でしょうか。アル・パチーノが見事な台詞術で医師を言いくるめ、カルテにエイズと書き込むのを阻止するくだりには、まるでシェークスピア劇の悪役のモノローグを聞いているような緊張感があります。同じ場面は、ブロードウェイで初演された年のトニー賞授賞式の中で再現されていました。以前ご紹介した"Best of the Tony Awards: The Plays"のDVDには収録されていませんけど、BS2の中継で見ました。その時のロイ・コーン役はロン・リーブマン(映画「スローターハウス5」「NY検事局」など)で、彼の集中力もすばらしかったです。それを見て「エンジェルス・イン・アメリカ」に対する期待がぐっと高まった記憶があります。
ケーブルテレビ局のHBOは自社製作のTVムービーだけでなく、さまざまな映画を放送しています。インディペンデント系の映画の中には、映画館で公開の目途が立たず、ケーブルテレビのオンエアが初公開になるものがかなりあります。ジョン・ダール監督の悪女もの「甘い毒」(1994年、原題:The Last Seduction)もそのパターンでしたが、HBOで放送したところ反響が大きくて、そのあとで劇場公開されたそうです。
特に評判だったのが主演のリンダ・フィオレンティーノの演技で、彼女はニューヨーク批評家協会賞の主演女優賞を獲得しました。オスカーの噂もあったのですが、アカデミー賞のルールによると、テレビで先に公開された作品は、あとから映画館で上映されたとしても選考対象から外すことになっているそうで、候補になれませんでした。
この作品は、日本版DVDが簡単に手に入ります。わたしはレンタルして見ました。確かにフィオレンティーノは一世一代の当たり役という感じで、ヒロインのブリジットを生き生きと演じています。彼女に手玉にとられる男2人を演じるビル・プルマンとピーター・バーグ(今年は「キングダム・見えざる敵」の監督として話題になりました)も適役です。違法ドラッグの取引で得た大金をめぐる駆け引き、保険会社のデータベースから得た情報にもとづく脅迫、ピーター・バーグ扮するマイクの過去の結婚の秘密、と話も盛りだくさんです。水準はクリアしていてかなり楽しめたのですが、ブリジットが文字をさかさまに書けるという特技が伏線としてうまく機能していなかったり、軽快なジャズのBGMが単調なくり返しになってしまっているところは物足りないと感じました。J・T・ウォルシュのようなすぐれた俳優にブリジットの弁護士という役を与えながら、電話で話す場面にしか登場させず、本筋にからんでこないのはもったいないと思います。
この作品のいちばんの特徴をあげるとすれば、それは性描写でしょう。「白いドレスの女」(1981年)や「氷の微笑」(1992年)が1940年代の悪女ものと違っているのもそこでした。「甘い毒」のリンダ・フィオレンティーノは、ピーター・バーグとのセックス場面において、露出はさほどないものの、ふだんなら男性に割り当てられるような動きをします。HBOオリジナルの30分シリーズ「SEX AND THE CITY」(1998~2004年)の第1話「NYセックス事情」で、登場人物の会話の中に「甘い毒」のこの場面のことが出てきました。第1話のテーマは<男性のようにセックスしてみる>だったからぴったりの引用です。
リンダ・フィオレンティーノ扮するブリジットは、通常のフィルム・ノワールの悪女より下品さで勝っています。四文字言葉を何度か発していますし、札束を手にすると札束の臭いをかぎ、男の股間に手を入れてペニスの大きさを確かめたあとで指の臭いをかいだりするのです。地上波と違って、HBOなどのケーブルテレビは契約者だけが見るため、性描写や四文字言葉の使用に寛容です。そういえば「企業買収 250億ドルの賭け」のジェームズ・ガーナーもひんぱんに四文字言葉を使っていました。こうした作品群を見ていると、地上波の連続ドラマやTVムービーがとても窮屈に見えてきます。
「企業買収 250億ドルの賭け」と同じ1993年にHBOが製作したTVムービーで、これも実話ものです。やはりWOWOWの「発掘!シネマ宝島」枠で放送されました。そのときのタイトルは「テキサス・ママの殺人指令 ウチの子がNo.1!」でした。原題はもっとすごくて"The Positively True Adventures of the Alleged Texas Cheerleader-Murdering Mom"です。「しゃべりすぎた女」はVHSが発売されたときのタイトルです。
テキサス州に住む主婦ワンダ・ホロウェイが、自分の娘をチアリーダーにしたいばかりに、ライバルの女の子とその母親を亡き者にしようと殺人を依頼した、という珍事件が1991年に発覚しました。依頼した相手はワンダの親戚で素行の悪い男でしたが、更正を誓っていたのでワンダとの会話を録音して警察に持ち込み、殺人は未遂に終わったのでした。
RJRナビスコの買収と比べると規模の小さな事件ではあるものの、アメリカ人のモラルの低下を示している点で共通するものがあると思います。この事件はマスコミでさんざん取り上げられたあと、先にABCがレスリー・アン・ウォーレン主演でTVムービー化しました。こちらは未見ですが、よくある再現ドラマの造りだったようです。HBO版は、ホリー・ハンターがワンダ、ボー・ブリッジスが親戚の男に扮して、2人ともエミー賞を獲得しました。ハンターは同じ年、映画「ピアノ・レッスン」でオスカー、カンヌ映画祭、BAFTA(英国アカデミー賞)の主演女優賞を制覇していますが、このTVムービーでの力演はあまり知られてないようなのが残念です。冒頭のビデオ映像(主婦のインタビューの再現)に登場したときから、この作品のハンターの演技は尋常でない密度を示しています。ほかの出演者は、スーシー・カーツ(ブリッジスの妻)、グレッグ・ヘンリー(ハンターの前夫)、エリザベス・ルシオ(ライバルの母親)、マット・フルーワー(ハンターの弁護士)などですが、ハンターの存在が抜きん出ています。
脚本、演出もかなり力が入っており、「企業買収」と同じく辛らつな風刺とパロディーの手法を採用しているのが特徴です。また、実際に起きた殺人事件を再現する場合、亡くなった被害者を描くのに配慮するあまり、被害者周辺を美化しすぎるきらいがありますが、このケースは未遂に終わっているからか、殺されかけたライバル母娘の描き方に容赦がありません。ハンター扮する主婦とその娘と似たり寄ったりと言いたげな描写が見られます。脚本を書いた劇作家ジェーン・アンダーソン(本作でエミー賞受賞)と、演出のマイケル・リッチー(「がんばれ!ベアーズ」など。本作でDGA賞受賞)は、ワンダのゆがんだ人間性を糾弾するだけでなく、フットボールとチアリーディングに血道をあげるテキサス州民、ひいては競争社会アメリカを批判したかったようです。
冗談みたいに長い原題、全編に流れるカントリー調の歌の数々、テキサスなまり丸出しの台詞などの趣向で、ブラックな笑いの連続ですが、特にカントリー・ソングに力が入っているようで、リッチー監督がそのほとんどを作詞しています。エンドクレジットによると曲名もふるっていて、「死んだ犬」という歌が含まれています。ちなみに、エンドクレジットが流れる間の曲は、「どうして終わりに歌がないといけないの?」という題名で、なんと「風のささやき」や「追憶」のアラン&マリリン・バーグマンの作詞です。エンドクレジットの前には、実話の映画化でおなじみの<登場人物たちのその後>を語る字幕が出ますが、ここは脚本のアンダーソンが大いにふざけたようで、かなり笑えます。クレジットが終わるとダメ押しの字幕とアナウンスが入るのですが、これがもっとも笑えるギャグなのでお見逃しなく。
マイケル・リッチー監督というと、ロバート・レッドフォードと組んだ「白銀のレーサー」(1969年)「候補者ビル・マッケイ」(1972年)が風刺のきいた作品でした。しかし、「しゃべりすぎた女」ほどブラック・ユーモアに傾いてはいなかったと思います。「輝け!ミス・ヤング・アメリカ」(1975年)という日本では劇場未公開でテレビ放映のみの作品が近い作風らしいのですが未見です。
「しゃべりすぎた女」は後続の風刺映画に影響を与えていると思います。やはり実話の映画化である「誘う女」(1995年)と、生徒会選挙が題材の「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」(1999年)です。このような、どぎついくらいのブラック・ユーモアは、日本では拒否反応を示す人が多いようですが、わたしは大好物なのでこの路線は今後も続いてほしいです。
ジェームズ・ガーナーは「一日の旅路」の前に「企業買収 250億ドルの賭け」というTVムービーに出演しました。原題は"Barbarians at the Gate"といい、「野蛮な来訪者--RJRナビスコの陥落」(ブライアン・バロー、ジョン・ヘルヤー著、NHK出版)というノンフィクションに基づく作品です。1980年代に行われた数々の企業買収のうち、もっとも有名なRJRナビスコ社(キャメル、ウィンストン、セーラムのブランドを持つRJレイノルズ・タバコ社とオレオなどのナビスコ社から成る)のケースを素材にしており、ガーナーはF・ロス・ジョンソンという同社の重役に扮しました。
ジョンソンは自社に対する株式市場の評価が低すぎることが不満でした。折りしも開発中のタバコの新製品が大失敗と分かり、これが知れると株主が逃げてしまうと考えたジョンソンは、その前に自社を買収して私企業にすることを決意します。RJRナビスコ社ほどの大企業の買収となれば、かなりの大金が動くことは誰でも予想できますが、この買収を手柄にしたい投資コンサルタントがこぞって参入してきて、買収額が250億ドルまでつりあがってしまう、というのが話のアウトラインです。
要約が下手でカタい話のように思われるかもしれませんが、この作品はコメディーです。徹底的に笑いで押し通すファースと言ってもよいでしょう。ほぼすべての登場人物が欲の塊のように描かれ、同情できるキャラクターはゼロに近いです。マネー・ゲームに奔走する人々を笑い飛ばす脚本には風刺精神があふれています。脚色を担当したのはラリー・ゲルバートで、彼がこの作品のいちばんの功労者だと思います。ゲルバートは「悪いことしましョ」、「オー!ゴッド」、「トッツィー」などの映画脚本に名前を連ねていますし、ミュージカル「ローマで起った奇妙な出来事」と「シティ・オブ・エンジェルス」の台本、TVシリーズ版「M*A*S*H」で有名です。脚本がすぐれているので、経済用語にうとい人でも、これを見れば<レバレッジド・バイアウト>の意味が理解できるでしょう。
出演者も適材適所で、ガーナーは誇張した動きに頼らず、ごく自然にジョンソンの欲深さと傲慢さを伝えています。投資コンサルタントKKRのヘンリー・クラビスを演じるのは「未来世紀ブラジル」や「エビータ」のジョナサン・プライスで、爬虫類的な気味悪さを漂わせています。ジョンソンの知人で手に余る大仕事をひきうけてしまうロビンソン夫妻に扮するのは、「ロジャー・ラビット」のジョアンナ・キャシディと、最近、大統領選出馬の意思を明らかにしたフレッド・ダルトン・トンプソン。トンプソンが仮装パーティーのためにスーパーマンの衣装を着ているのが笑わせます。ジョンソンのトロフィー・ワイフを演じるのは「氷の微笑」でシャロン・ストーンのレズビアンの愛人役だったレイラニ・サレル。ほかにピーター・リーガート、ジェフリー・デマン、デビッド・ラッシュ、ピーター・フレシェットなどが出ています。
この作品には、プロデューサーとしてレイ・スタークがクレジットされています。「イグアナの夜」(1964年)「追憶」(1973年)、ニール・サイモンものなどを手がけた人で、TVムービーは本作が初めてです。想像ですが、劇場用映画として企画がスタートしたのに、若い観客を呼べそうにないなどの理由でTVムービーに路線変更したのではないでしょうか。わたしが映画館に通いはじめたころは、ターゲットを大人の観客にしぼったコメディー映画が年に数本は封切られていたように覚えていますが、そうした映画はだんだんTVムービーに移行していき、今では絶滅に瀕している気がします。
この作品はHBOというケーブルテレビ局とコロムビア映画の共同製作で、日本ではWOWOWが放送しました。「発掘!シネマ宝島」という枠で劇場未公開映画を放送していて、その中に時々TVムービーが混じっていたのです。何本か見ているうちにHBO印のものは質が高いの気づきました。映画館でお金を払って見た新作よりずっと満足度の高いものもあり、「企業買収 250億ドルの賭け」はその代表でした。なのにVHSもDVDも出た様子がありません。ライブドアのフジテレビ買収騒ぎのとき、知人と話していて何度かこれを話題にしましたが、誰も見ていなくて残念でした。CSでひっそりと放送されることがあるかもしれないので、番組表で見かけたらチャンネルをあわせてみることをおすすめします。
ジョン・カンダー作曲の覚えやすくて素朴なメロディーではじまる「一日の旅路」(1994年)は、ジェームズ・ガーナーとジョアン・ウッドワードが熟年夫婦を演じる、しみじみ可笑しいコメディーでした。ウッドワード扮するマギーの旧友セリーナ(ジョイス・バン・パッテン)の夫が亡くなり、夫婦は葬儀に出席するため長時間のドライブに出ます。その道中で出会う人たち(アイリーン・ヘッカート、ポール・ウィンフィールド)との短いシーン、ちょっと変わった追悼式(葬儀ではなく)のシーン、ドライブから帰ったマギーが息子夫婦によりを戻させようとするシーンからなっていて、つまりは1日の出来事を描いています。
アン・タイラーの原作小説も同じく夫婦の1日を描いていますが、合間に回想場面がふんだんに入って、2人のなれそめや子育て中のジューシーなエピソードが書き込まれていました。しかし、TVムービー版では回想の部分はバッサリ切ってあります。オードリー・ヘップバーンとアルバート・フィニーの「いつも2人で」(1967年)風に回想を織り込む脚色だったら、前後編に分けなくてはならないくらい長くなりそうなので、回想場面がないと不満を言うよりは、原作の白眉と言うべき追悼式の場面を残してくれたことを喜びましょう。「慕情」と「知りすぎていた男」の主題歌が歌われる追悼式のアイデアは、原作者がどうやって思いついたのか知りませんが、ほんとうにケッサクな趣向です。
映画館の大画面にこだわる人には、こういう<東芝日曜劇場>みたいな小品はTVムービーでじゅうぶん、わざわざ映画化する必要なし、という意見の持ち主が多いかもしれません。わたしは、たまにはこういう小品を映画館で見たいと思い続けています。この種の内容は、TVムービーのほうに多いと分かってからは、テレビの単発ものに注目するようになりました。ジェームズ・ガーナーもジョアン・ウッドワードも、テレビの意欲作に数多く出演しています。
この作品の出演者で、もう1人注目したいのがヘンリー・ジョーンズです。彼はガーナーの父親役で、最初のほうにワンシーンだけ出ています。ヘンリー・ジョーンズは、アイリーン・ヘッカートと共に舞台と同じ重要な役で出演した「悪い種子」(1956年)でこそスクリーンに長く登場しましたが、ほかの時はたいていワンシーンの出演で、しかも印象に残る人です。たとえば、「めまい」(1958年)では転落死の検視審問のシーンに出てきて、ジェームズ・スチュアートに無罪を言い渡す役でした。「明日に向って撃て!」(1969年)では自転車のセールスマン役で、これからは馬でなく自転車の時代だという意味の台詞を言ってました。
なお、「一日の旅路」というのはVHSで発売されたときのタイトルです。NHK総合で放送されたときは「旅はみちくさ~モラン夫妻の長い一日~」という題名でした。最近のCSでの放送も「旅はみちくさ」という題名のようです。原作のタイトル「ブリージング・レッスン」は、ラマーズ法の呼吸の練習を意味しています。さらにこの呼吸法がどういう意味を持っているかは、ぜひ原作をお読みください。文藝春秋社から翻訳が出ていて、文庫もあります。新刊書店では手に入らないかもしれませんが、古書店や図書館でどうぞ。
ジョン・カンダーが"A Family Affair"より後で作詞のフレッド・エッブと組んだミュージカルの曲は、何通りものキャスト・アルバムが出ていたり、いろんな歌手がカバーしたりしているので簡単に入手できます。"A Family Affair"のCDも発売された現在、カンダーが舞台のために書いた曲で手に入らないのは"The Visit"くらいでしょう。
しかし、彼は映画音楽も書いていて、こちらは話が別です。「ファニー・ガール」(1968年)の続編「ファニー・レディ」(1975年)や「ニューヨーク・ニューヨーク」(1977年)はDVDが出ていますし、サウンドトラック盤も出ているようです。この2つはフレッド・エッブもかかわっていますが、カンダー単独でクレジットされている映画、TVムービーのサウンドトラック盤はほぼ全滅と思われます。唯一、「プレイス・イン・ザ・ハート」(1984年)はLPの時代にサントラが出たようですが、CDが出た気配はありません。「プレイス・イン・ザ・ハート」は日本ではDVD化もされていません。
ジョン・カンダーはミュージカル畑の人なので、映像の仕事も演劇界の人が手がけた作品がほとんどで、わたしにとって興味深いものばかりです。しかし、マーフィーの法則ではありませんが、そういう作品ほどDVDもサントラも出ないものなのです。
・「すべての人のもの」(1970年) これはハロルド・プリンスが初めて映画監督に挑戦した作品です。原作はハリー・クレッシングの「料理人」(ハヤカワNV文庫)。翻訳小説好きの人が薦める<徹夜本リスト>に顔を出すことの多いユニークな長編です。BS2で放送されたことがあるらしいのですが、残念ながら見逃しました。料理人に扮するのはマイケル・ヨークで、アンジェラ・ランズベリーほかの出演。
・「殺意の香り」(1982年) 「プレイス・イン・ザ・ハート」に先立つロバート・ベントン監督作品です。そうそうたるスタッフ、キャストによる精神分析がテーマのミステリーものでしたが、不発だった記憶があります。とても印象的だったのが、タイトルバックに流れるカンダーのピアノの曲と美しい満月の映像(撮影=ネストール・アルメンドロス)でした。
・「早霜」(1985年) エイズをテーマとしていち早く取り上げたことで有名なTVムービーです。エイダン・クイン主演、ジョン・アーマン演出。これはNHK総合で放送されたときに見ました。確か始まりの場面でジーナ・ローランズ(主人公の母親役)が近所の子どもにピアノを教えていて、そこで使われていたのが親しみやすいメロディーのきれいな曲だったのを覚えています。おそらくカンダーのオリジナルだと思います。
・「お家に帰りたい」(1989年) アラン・レネ監督がアメリカとフランスのカルチャー・ギャップを描いたコメディです。「踊る大紐育」の作詞家アドルフ・グリーンが俳優として出ていて、「ニューヨーク・ニューヨーク」の作曲家カンダーが音楽を担当しているのが面白いと思います。これは珍しくDVDが有ります。
・「一日の旅路」(1994年) アン・タイラーがピュリッツァー賞を受賞した小説「ブリージング・レッスン」を映像化したTVムービーです。これもJ・アーマン演出。これについては次回にくわしく書くつもりです。
・"The Boys Next Door"(1996年) トム・グリフィンが書いたオフ・ブロードウェイのヒット作に基づくTVムービーです。ネイサン・レイン、ロバート・ショーン・レナード、トニー・ゴールドウィンほか出演。これまたJ・アーマン演出。この映像化作品は見たことありませんが、98年に文学座が上演した舞台は見ました。「THE BOYS ストーンヘンジアパートの隣人たち」という邦題でした。アパートに集う知的障害者の男性たちとソーシャル・ワーカーを描いた内容です。
こうした作品の音楽を集めて"John Kander at the Movies"と題するCDが出ないものかと期待しています。スティーブン・ソンドハイムが映画(アラン・レネ監督の「薔薇のスタビスキー」を含む)のために書いた曲を集めた"Sondheim at the Movies"をプロデュースしたブルース・キンメルに是非とも手がけてほしいです。
ウィリアム・ゴールドマンが自作を脚色した映画の中で、ミュージカルに向いているのは「プリンセス・ブライド・ストーリー」(1987年)でしょう。映画の主題歌はオスカーにノミネートされましたし、子どもにも大人にもアピールする個性的なキャラクターが多数登場しますから、ミュージカル化された姿を容易に想像できます。実際、アダム・ゲッテル(リチャード・ロジャースの孫)とゴールドマンが共同でミュージカル化を進めているというニュースを耳にして、続報を期待していましたが、ゴールドマンとゲッテルの意見の食い違いからプロジェクトが中断されてしまったとのこと。
このプロジェクトを除けば、ウィリアム・ゴールドマンが関わったミュージカルは表題の"A Family Affair"(1962年1月から3月にかけて65回上演)のみです。これはかなり興味深い顔合わせの作品です。音楽はジョン・カンダーで、彼が初めてフルスコアを担当した作品です。カンダーはこのあとフレッド・エッブとのコンビで「キャバレー」「シカゴ」「蜘蛛女のキス」などを発表します。作詞はカンダーとジェームズ・ゴールドマン。台本がジェームズとウィリアムのゴールドマン兄弟。ジェームズ・ゴールドマンは、このあともミュージカルと関わりを持ちます。スティーブン・ソンドハイムの「フォリーズ」の台本を手がけただけでなく、先日ご紹介したTVオリジナル・ミュージカル"Evening Primrose"の脚色も担当しており、ソンドハイムの協力者のひとりになりました。演出はハロルド・プリンスで、"A Family Affair"は彼が初めて演出を担当した作品です。プリンスがこれ以前に手がけたのは「くたばれヤンキース」や「ウエスト・サイド物語」のプロデュースでした。このあと彼がプロデュースか演出(あるいは両方)を担当したミュージカルには、誰もが聞いたことのある有名作品がならびます。「屋根の上のバイオリン弾き」「キャバレー」「カンパニー」「フォリーズ」「リトル・ナイト・ミュージック」「キャンディード」「スウィーニー・トッド」「エヴィータ」「オペラ座の怪人」「蜘蛛女のキス」「パレード」などです。
"A Family Affair"のストーリーは、結婚を決意した若いカップルが結婚式のプランを練っていると、双方の両親があれこれと口を出してきて騒動になる、というシンプルなものです。若いカップルを演じたのが、「ウエスト・サイド物語」初演のトニー役だったラリー・カートと、「ザ・ファンタスティックス」初演のルイザ役だったリタ・ガードナーでした。実は、ハロルド・プリンスと交代する前、この作品の演出家は「ザ・ファンタスティックス」と同じワード・ベイカーでした。若いカップルとその両親という人物配置は「ザ・ファンタスティックス」そのものなので、想像するに、オフで成功した前作の二番煎じ的な企画だったのではないでしょうか。
2年前、"A Family Affair"のオリジナル・キャスト盤が初めてCD化されました。購入して聞いてみると、印象に残るナンバーはいずれも新郎の母を演じたアイリーン・ヘッカートが歌っているものでした。ここでの彼女の役どころは映画「殺しの接吻」と似通っていて、典型的なジューイッシュ・マザーです。"My Son The Lawyer"というナンバーでは息子が弁護士になったことを自慢していて、医者になった長男を自慢する「殺しの接吻」と同じです。ヘッカートは、ふだんは「ピクニック」(ウィリアム・インジ作)や「悪い種子」などのストレート・プレイに出ていて、ミュージカルへの出演はこの作品だけのようですが、歌もけっこう達者だと思います。ちなみに、彼女の代表作のひとつに「バタフライはフリー」の母親役があります。盲目の息子を心配するあまり息子の恋人と対立する役どころで、舞台と映画で同じ役を演じ、映画版でオスカーを受賞しました。「バタフライはフリー」の母親もジューイッシュ・マザーですが、カリカチュアにとどまらない複雑さが感じられました。
"A Family Affair"の脇役でブロードウェイ・デビューを飾ったリンダ・ラヴィンという女優がいます。彼女がトニー賞主演女優賞を受けたのがニール・サイモン作「ブロードウェイ・バウンド」の母親役でした。この母親もジューイッシュ・マザーでありながら、ジョークの対象としては描かれていませんでした。TVムービーとして映像化された(日本では映画館で公開されました)ときは、その役をアン・バンクロフトが演じていて、彼女の演技もすばらしかったです。ジョージ・ラフトとダンスした思い出を語るところなど、はっきり記憶に残っています。
"A Family Affair"は数々の才能をブロードウェイに送り出したのに、リバイバルもされず、顧みられることがない作品です。しかし、現在<ブロードウェイを目指している>ミュージカルの中に、似た題名・設定のものがあります。ハーベイ・ファイアスタインが台本を手がけ、出演もする"A Catered Affair"がそれです。娘の結婚式を派手にしてやりたい母親と、その資金を仕事上の投資に回したい父親が出てくる話らしく、元はパディ・チャイエフスキーが書き、セルマ・リッターが主演したテレビドラマで、映画化もされています。映画版はゴア・ヴィダルの脚色、リチャード・ブルックスの監督、母親役がベティ・デイビス、父親役がアーネスト・ボーグナイン、娘役がデビー・レイノルズという布陣ですが、日本未公開のようです。この手の結婚式にまつわる話はミュージカルにしやすいのでしょう。ヴィンセント・ミネリ監督の「花嫁の父」(1950年)がミュージカルになる日も近いのかもしれません。
ウィリアム・ゴールドマンは、他人の書いた小説を数多く映画用に脚色していますが、自作の脚色は「マラソンマン」(1976年)以降しか手がけていません。1960年代に映画化された「雨の中の兵隊」と「殺しの接吻」は他の脚本家が脚色しています。「雨の中の兵隊」は未見ですが、「殺しの接吻」はWOWOWで放送されたときに見ました。ロッド・スタイガー扮する連続殺人犯と彼を追う刑事(ジョージ・シーガル)の2人ともマザコンであるという設定が印象に残っています。
この映画はカルト的人気を誇っているようで、その一部の根強いファンを当て込んだのか、映画公開からずいぶん経ってから原作小説が日本語に翻訳されました。早川書房のハヤカワ・ミステリ(通称ポケミス)という長寿シリーズの中で、比較的最近<ポケミス名画座>なる企画が始まり、その一環で紹介されたのです。<ポケミス名画座>には「ハイ・シエラ」「紳士同盟」「バニー・レークは行方不明」などの原作が含まれています。
訳書のあとがきでも触れられていますが、「殺しの接吻」はミュージカル化されています。1987年の初演以来、大幅な手直しを経て、96年にオフ・ブロードウェイにたどりついた時のキャストが吹き込んだCDを手に入れました。プロデューサーは"Drat! The Cat!"のCDを世に送り出したのと同じブルース・キンメルです。"Drat! The Cat!"もそうでしたが、舞台を見ていなくても筋が追えるよう、曲と曲の間に台詞のやりとりをはさんでくれているので助かります。ミュージカル版は、小説よりも映画版のストーリーを採用していて、しかも殺人の件数を減らしています。また、連続殺人の被害者全員と、刑事の母親、殺人犯の母親、これらすべてを同じ女優が演じるという工夫が功を奏しているようです。こうすることで、犯人と刑事との共通点を際立たせられますし、犯人が殺人を行う動機も強調できます。しかも、出演者の数をおさえられる上、ベテラン女優にとって挑戦しがいのある役が出来上がるのですから、一石四鳥くらいの効果があります。CDを聞く限り、Alix Koreyという女優は複数の役を器用に演じ分けています。小冊子に散りばめられている舞台写真を見ると、彼女は映画版で刑事の母親を演じたアイリーン・ヘッカートにどことなく似ています。
この母親は、すっかり大人になっている刑事をいつまでも子ども扱いしていて、出来のよい兄と比較してばかりいます。兄は医師になっており、その功績がニューヨーク・タイムズ紙の記事で取り上げられるほど成功しています。この母親像は映画や小説によく出てくるジューイッシュ・マザーの戯画です。思い浮かぶ例としては、「グリニッチ・ビレッジの青春」のシェリー・ウィンタース、「ニューヨーク・ストーリー」のウディ・アレン編のメエ・クエステル、TV「となりのサインフェルド」のジョージ(ジェイソン・アレクサンダー)の母親エステルなどがあります。「殺しの接吻」の小説・映画・ミュージカルが現在の人気を獲得したのは、アメリカのポップカルチャーに行き渡っているジューイッシュ・マザーをネタにしたジョークと、まがまがしい連続殺人という題材がうまくミックスされているからだと、わたしは思っています。
ミュージカル版「殺しの接吻」は今もアメリカ各地の地方劇団が上演し続けています。出演者がたった4人で済むので手軽に上演できるという事情もあるでしょうし、覚えやすくて魅力的なナンバーが多いからでもあるでしょう。このCDを聞けば、刑事がひとめぼれした恋人と歌う"So Far, So Good"、恋人が母親と意気投合して歌う"So Much In Common"などのメロディーが頭から離れなくなること請け合いです。作詞・作曲・台本のダグラス・J・コーエンは他でもさぞかし活躍しているだろうと思って検索してみると、とても寡作らしく、他には数作しか見つかりませんでした。現在、ブロードウェイでの上演を目指している新作"The Opposite of Sex"は、クリスティナ・リッチが主演した「熟れた果実」(1997年)というインディーズ映画が基になっているそうです。日本では劇場未公開でVHSが出たのみで、これもカルト的人気のある映画なのだとか。ダグラス・コーエンの名前がもっとメジャーになるのを期待しています。
アイラ・レビン作"Dr. Cook's Garden"は、ブロードウェイの1967-68年のシーズンにトップを切って開幕し、すぐに閉幕しました。同じシーズンにブロードウェイで上演された芝居は58本ありました。そのすべてをリハーサルの段階から取材することを許された作家のウィリアム・ゴールドマンが書いたのが"The Season"という本です。
ウィリアム・ゴールドマンは「明日に向って撃て!」(1969年)のオリジナル・シナリオを書いた映画脚本家としての顔がもっとも広く知られていますが、小説家としてのデビューのほうが早く、演劇とも無縁ではありません。兄ジェームズ(「冬のライオン」「フォリーズ」)と共に手がけた作品がブロードウェイで上演された実績があります。アイラ・レビンとも無縁ではなく、「ステップフォードの妻たち」が最初に映画化されたとき(1975年)に脚色を担当しました。
ジュディ・ガーランドのステージを描写した文章から始まる"The Season"で、"Dr. Cook's Garden"が取り上げられるのは第3章です。ゴールドマンは先ずストーリーを紹介し、演出を担当していたジョージ・C・スコットと戯曲やキャスティングの問題点を話し合ったことを述べ、続いてプレビューの最中に演出家がスコットから作者のレビンに交代するトラブルが起きたことを伝えます。プレビューが再開してからは、ジェームズ・スチュアートに主演させるつもりで映画化権を買った映画会社の人の話、新聞の批評の抜粋、プロデューサー(「裸足で散歩」と「おかしな二人」をヒットさせた人物)の話を紹介します。そして、開幕後1週間で打ち切りとなったことを伝え、のちにアルゴンキン・ホテルで行ったレビンのインタビューの模様で"Dr. Cook's Garden"に関する記述は終わります。
ほぼ同様にして、58作品の舞台裏のゴシップを拾い、ゴールドマンが舞台を見た感想を述べながら、合間にブロードウェイに特有の習慣や上演の仕組みを紹介していく造りになっている本です。演劇の舞台裏を題材にしたノンフィクションは他にもありますが、ゴールドマンがとったアプローチはユニークなもので、類書は存在しないと思います。演劇と映画の両方で活躍している人がおおぜい登場しますから、演劇の知識がない人でも興味を持って読めるはずです。「ローズマリーの赤ちゃん」の文中に上演されていた最新の舞台の題名が並べられているだけで当時の空気が缶詰にされているようだと書きましたが、この本にはその1年後のブロードウェイ全体がまるごと圧縮されて詰まっています。
登場する有名人と作品の一部を書き並べます。マレーネ・ディートリッヒ、ピーター・ユスチノフ、メルビン・ダグラス、リリアン・ギッシュ、テレサ・ライト、イングリッド・バーグマン、シドニー・ポワチエ、シシリー・タイソン、サンディ・デニス、アルバート・フィニー「ジョー・エッグの死の一日」(ピーター・ニコルズ作)、マーガレット・レイトン「小狐たち」(映画化名「偽りの花園」、リリアン・ヘルマン作、マイク・ニコルズ演出)、「ヘアー」(ジョゼフ・パップ製作)、ジョエル・グレイ「ジョージM!」、「誕生パーティー」(ハロルド・ピンター作)、「ミス・ブロディの青春」(ミュリエル・スパーク原作、ジェイ・プレッソン・アレン脚色)、「プラザ・スイート」(ニール・サイモン作)、バート・バカラック、スティーブ・ローレンス&イーディー・ゴーメ。





















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