「今夜も映画で眠れない」
前回と同じ東京書籍の「アメリカ・コラムニスト全集」から、ポーリン・ケイルの映画批評を訳出した「今夜も映画で眠れない」を久々に押入れから取り出してきて、パラパラめくってみました。
この本には、雑誌「ニューヨーカー」に1985年末から88年半ばまで連載された批評が載っています。原著"Hooked"には150近い作品(映画関連書を含む)の批評が載っているらしいのに、翻訳版は70作品だから半分以下です。上下2巻に分けるなどして全訳してほしかったですが、出版社としては全集の中の一冊としてバランスを考慮したのかもしれません。
それでも、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に始まり「マイ・ビューティフル・ランドレット」「ドリーム・チャイルド」に終わるラインナップは、わたしがもっとも頻繁に映画館通いしていた時期と重なるので、読み返すのが楽しかったです。
ポーリン・ケイルの文章は、饒舌さが第一の特徴だと思います。ノラ・エフロンの文章と比べると読みにくいです。たとえば、エフロン原作、マイク・ニコルズ監督の「心みだれて」の批評から引用しますと、「彼女の自己憐憫を覆うユーモアと恥ずかしげのない意地悪の仮面があまりに薄っぺらなので、この著者は自分の人生を売りものにしているんだ--有名人の結婚生活を描いた汁気たっぷりでスピード感のある四コマ漫画として呈示することで、自分の人生をゴミ扱いしているんだ--と、あなたは感じる」という具合に、センテンスが長い上に「--」を使って別の語句をしょっちゅう挿入しています。
また、ケイルにはひいきの俳優や監督(ベット・ミドラーやジョセフ・ルーベン)に甘かったり、お行儀のよい名作をけちょんけちょんにけなしたりする傾向があります。彼女が「サウンド・オブ・ミュージック」を酷評したことがきっかけで主婦向け雑誌をクビになったエピソードをご存知の人も多いでしょう。だから、自分の好きな映画をけなされているのを読みたくない人には、ケイルの映画批評はおすすめできません。しかし、酷評でも絶賛でも、彼女の使う比喩がぴったりはまっているのが分かったときの楽しさは無類です。映画ファンにしか感じられない読書の喜びだと思います。
ケイルの文章を読んで楽しむには、対象となっている映画を見ておいたほうが良いですが、見てなくても構いません。たとえば、わたしはジョン・ウォーターズ監督の映画は数本しか見ておらず、現在ミュージカル版リメイクが公開中の「ヘアスプレー」(1988年)も見ていません。それでも、本書に収録されている「ヘアスプレー」評で、「ディヴァイン扮するエドナ・ターンブラッドがお気に入りのノースリーヴのドレスを着てスクリーンに現れると、映画はW・C・フィールズが女装したような狂気をはらむ」と書かれているのを読んで笑いましたし、ジョン・トラボルタが女装するリメイクも狂気をはらんでいるかどうか確認したくなりました。
ケイルの映画評論集は、本書以前に晶文社から「映画辛口案内」、本書以後に「明かりが消えて映画がはじまる」が草思社から出ています。「映画辛口案内」は80年代前半、「明かりが・・・」は70年代後半の映画が対象です。




















コメントする