「ママのミンクは、もういらない」
コラムニストのアート・バックウォルドといえば、彼の提出したシノプシスを盗用して「星の王子ニューヨークへ行く」(1988年)を作ったとして、パラマウント社を訴えたことがありました。アメリカ映画のパンフレットを買って脚本家の経歴を読んでみると、元弁護士や地方検事という人さえ珍しくないので、政治風刺コラムを書いていたバックウォルドが映画製作にかかわっていても不思議ではありませんが、コラムニスト出身で現在もっとも映画とかかわりが深いのはノラ・エフロンでしょう。
わたしが最初にノラ・エフロンの名前を知ったのは「心みだれて」(1986年)の原作者としてでした。彼女が2度目の夫であるカール・バーンスタインとの結婚・離婚の顛末をユーモア小説に仕立てたもので、「ハートバーン」のタイトルで映画の公開に合わせるように河出書房新社から翻訳が出ました。「ママのミンクは、もういらない」は、エフロンが「ディス・イズ・マイ・ライフ」で映画監督デビューした1992年に日本語版が出ましたが、書かれたのは「ハートバーン」よりずっと前で、1972年から77年にかけて雑誌「エスクァイア」に発表されたコラムが収録されています。バーンスタインと結婚していた時期の文章は少なくて、ジャーナリズムや政治の話題は出てきますが、ウォーターゲート事件についての記述はざっと読み返したところ見当たりませんでした。
エフロンの文章は、育ちの良さがにじみ出ているのに、それが嫌味な感じにならないのが特徴だと思います。「恋人たちの予感」(1989年)の脚本を書いた人にふさわしい、あけすけな描写がところどころにはさまれていますが、下品にならないのも流石です。絶妙なバランス感覚の持ち主なのでしょう。
久しぶりに読み直してみて、特に面白かったのは「懲りない女」という文章でした。これはパット・ラウドという女性の告白本の書評なのですが、彼女は"An American Family"(1973年)というPBSのドキュメンタリー番組で取材対象となった一家の主婦でした。今でこそリアリティ・ショーは多いですが、"An American Family"はその走りで、映画でいえば「トゥルーマン・ショー」や「エドtv」のように市井の人の日常を24時間カメラで追うというシリーズものでした。パット・ラウドはシリーズの途中で離婚を決意し、シリーズが終わってからもトーク番組に出演したり、告白本を書いたりして名声を続かせようとしました。エフロンは、プライバシーを売り渡したラウドを辛らつな表現で批判しています。エフロンも後に離婚の顛末を本に書くわけですが、フィクション仕立てにしているところが違うわけです。
ほかのコラムも、話題はドロシー・パーカーから自己発見グループまで多岐にわたっていますが、文章のうまさは共通しています。新鮮さが命のコラムなのに書かれて約20年後に訳され、その10年後に読み返しても面白いというのは、文章がいいからだと思います。
ところで、この本は東京書籍の「アメリカ・コラムニスト全集」というシリーズの一冊です。このシリーズには、映画にかかわりのある人のコラムが多いです。エフロン、ジョーン・ディディオン、ポーリン・ケイルのほか、「ライトスタッフ」(1983年)の原作者トム・ウルフ、「母の眠り」(1998年)の原作者アンナ・クィンドレン、「ラスベガスをやっつけろ」(1998年)の原作者ハンター・トンプソンの巻もあります。ギャリソン・キーラーの「レイク・ウォビゴンの人々」も同シリーズに含まれていて、ロバート・アルトマンの遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(2006年)のモデルになったのと同じラジオ番組から誕生した本のようです。




















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