「ローズマリーの赤ちゃん」
アイラ・レビンの小説「ローズマリーの赤ちゃん」は1967年に発表されました。物語の背景となっているのは1965年から66年にかけてのニューヨークです。
ローズマリー(映画ではミア・ファロー)の夫ガイ・ウッドハウス(ジョン・カサベテス)は俳優で、役を得るために苦戦中という設定のため、作中には具体的な映画・演劇・テレビ作品のタイトルがあちこちに出てきます。
タイトルには実在のものと架空のものが混じっています。実在のものについてちょっと調べてみました。
お断りしておきますが、わたしはハヤカワNV文庫版の翻訳書しか持っておらず、原書の英文にはあたっていません。以下は日本語訳にもとづく推測ですので、ご了承ください。
・12ページ
ガイが出演したことのある「ルーテル」は、ジョン・オズボーンによるマルティン・ルターの評伝劇。アルバート・フィニー主演でブロードウェイで上演され、トニー賞作品賞を得ましたが、同じオズボーンによる「怒りをこめて振り返れ」「寄席芸人」に比べると今日では再演されることが少ないようです。
「誰もアルバトロスを愛さない」はロナルド・アレキサンダーという作家によるコメディー。「ザ・ミュージックマン」のロバート・プレストンが主演して約200回上演。
・30ページ
ガイが出演したのをミニー・キャスタベット(映画ではルース・ゴードン)が見ていた昼帯ドラマ「別世界」とは"Another World"のことでしょう。1964年スタートで1999年まで続いた長寿ソープオペラです。ガイはごく初期の頃に出演したことになります。
・33ページ
ここにはガイのライバルたちが出ている、地方でトライアウト(試演)中の芝居が列挙されています。そのうち「うるさい! 猫め!」は前回ご紹介した"Drat! The Cat!"だと思われます。レビンは自作ミュージカルの題名をここに紛れこませたわけです。
「ホット・セプテンバー」とはウィリアム・インジ作「ピクニック」のミュージカル版です。1965-66年のシーズンに企画されていて地方トライアウト中にポシャってしまった幻の作品だそうです。
・92ページ
ガイからもらったチケットでローズマリーが見に行く「幻想(ファンタスティックス)」とは、ミュージカル「ザ・ファンタスティックス」でしょう。日本でも古くから上演されていますが、この小説が翻訳された頃には知られていなかったものと思われます。現在なら"Try to Remember"のナンバーがCMソングとして日本人にもおなじみのはず。この作品は1960年初演で、続演中の64年から65年にかけてツアーを行いました。ツアー版には"Drat! The Cat!"の主演俳優エリオット・グールドと、当時まだ新人だったライザ・ミネリが出演していました。
ローズマリーが見たのはオフ・ブロードウェイでロングラン中の公演でしょう。これについて、244ページの彼女の台詞に「ロンドンであのアガサ・クリスティーの戯曲が大当たりをとっているように、きっと永久にロング・ランを続けますわよ」とあります。クリスティーの戯曲とは「ねずみとり」のことです。「ねずみとり」は現在も途切れずロングラン中ですが、「ザ・ファンタスティックス」は2002年まで40年以上続いた後しばらく休演して、また上演を始めました。
同じページに出てくる「夜まで待て」とは「暗くなるまで待って」ではないでしょうか。オードリー・ヘップバーン主演の映画で有名な、フレデリック・ノット作のサスペンス劇です。3人の男たちがヒロインを追いつめる筋書きが「ローズマリーの赤ちゃん」と重なります。
・97ページ
ガイは「可愛い小鳥」の台本からチャンス・ウェイン役を読んでローズマリーに聞かせた、とあります。これはテネシー・ウィリアムズ作"Sweet Bird of Youth"で間違いないでしょう。チャンス役は初演の舞台でも映画版(邦題「渇いた太陽」)でもポール・ニューマンが演じました。年増女優の若いツバメとなってのしあがろうとする男の役なので、野心的なガイは地で演じられたでしょう。
・122ページ
映画「ファニー・フェイス」を見た、とあります。フレッド・アステアとオードリー・ヘップバーン共演の「パリの恋人」と思われます。
・130ページ
「ノー・ストリングス」のアルバムが出ていた、とあります。リチャード・ロジャースが作詞・作曲したミュージカル(62年5月から63年8月まで580回上演)のオリジナル・キャスト盤のことでしょう。
・213ページ
「モーガン!」を見に行ったり、「メイム」の試演を見に行ったりもした、とあります。「モーガン」はカレル・ライス監督の日本未公開作。VHSは発売されたようです。珍しくもデビッド・ワーナーが主演だとか。ワーナーの顔は「ローズマリーの赤ちゃん」の世界にぴったりだと思うので、彼にはぜひ映画版に出てほしかったです。
「メイム」はパトリック・デニスの小説に基づく舞台劇「メイム叔母さん」をミュージカル化したものです。作詞・作曲はジェリー・ハーマン。66年5月にプレビューが行われ、初日を迎えています。
これ以外にも実在の映画スターや作品の名前がいろいろ出てきます。1965年当時に最先端だったもの、レビンの嗜好に合うものが選ばれているようです。タイトルをキーワードに検索しながら、1965年の空気が小説の中に缶詰にされているように感じました。




















「ローズマリーの赤ちゃん」は、私も大好きな映画の1本です。原作と映画を比べると、まるで映画をノベライズしたのではと思うほど、原作に忠実に映画化されていますね。しかもロマン・ポランスキーの初期の作品群の集大成とも言えるくらい、監督のオリジナリティが感じられる傑作だと思います。アイラ・レビンの小説は、現実に存在するアイテムが色々と登場するので、一歩間違えると荒唐無稽になりがちな物語にリアリティを持たせているところが魅力だと思います。ローズマリーがヘアカットするのは、ヴィダル・サッスーン、ガイが買ってくるのはニューヨーカーのシャツなど、今なら日本でもおなじみのブランド名が登場します。2000年にはこの小説の続編「ローズマリーの息子」が30年以上経てから出版されましたが、こちらではローズマリーが「風と共に去りぬ」の特典映像(スカーレット役のオーディション場面)を見るシーンや、ネタばれになりそうなので詳しくは言いませんが、日本人が大好きな有名ブランドのことが出てきます。レビンの小説や、映画化作品の翻訳は、そうしたアメリカの大衆文化などに詳しい人がやらないと、面白さは半減ですね。以前、CSで見たとき、ガイが冗談でリチャード・バートンとエリザベス・テイラーを気取るシーンがあるのですが、あの有名な「いそしぎ」をサンドパイパーとカタカナで訳してあったのは興ざめでした。
コメントありがとうございます。
映画版はしばらく見返してませんが、小説に忠実な映像化という印象は残っています。ミニーが作るチョコレートのムースなど、小説の描写のままだったように覚えています。
ブランド名も実名がけっこう出ていますね。小説の翻訳はブランド名については訳注がついていました。
ツナ、マジパン、ディップといった食べものにも訳注がついていて、時代の移り変わりを感じさせます。
小説が訳されたころと比べて、CSの字幕翻訳の時点は調べものの手段がずっと増えているはずだから、「いそしぎ」が訳せていないのは不思議ですね。「いそしぎ」のほうが文字数も少なくて済むのに(小説の訳文では「いそしぎ」となってました)。
さきほどアマゾン・ジャパンで調べたら、原書の「なか見検索」ができることがわかったので、芝居や本のタイトルを中心に検索してみるつもりです。分かったことがあれば追記します。
「ローズマリーの赤ちゃん」で以前から気になっていることがひとつあります。それは、(これも未見の方のために詳しくは書きませんが少々ネタバレ)ラスト近くローズマリーがある種の軟禁状態にあり、そこから抜け出すために毎回出される睡眠薬を飲むふりをして溜めておきます。それを見張り番の女性のコーヒーに混ぜて眠らせて脱出すると言うプロットなのですが、たぶん原作にはそのくだりがあり、映画でも同じ場面があったと記憶していました。しかし、最近再見したらその場面がないのです。確かに見たはずなのですが、自分の単なる妄想でしょうか?これに限らず、映画の記憶って意外とこういうことありませんか?
原作には確かにその場面があります。アステア&ロジャースの映画を見ている間に、見張りの女性がコーヒーを飲んでうとうとする、という具合に描写されています。
映画を見たときにその場面があったかどうか覚えていないので、ご質問にはお答えできません。
どなたか答えてくださる方があらわれるといいのですが・・・。
テレビ放送向けに再編集されたバージョンが存在する映画は多いと思います。
あるいは、記憶の中でほかの映画と混同することもあるでしょう。
いろいろな原因から「あの場面がない」とか「こんなシーン、前はなかった」となるケースが考えられますね。