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若松孝二監督入魂の力作「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を見て~日本の映画興行形態を考える

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 めったにお目にかかれないが、何か見えない不思議な力によって作られたような作品に出会うことがある。若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」は、まさにそんな一本だった。190分という長編ながら、時間を忘れて気がついたら一気に見終わっていた。その圧倒的な迫力とテンションは、生死すら賭けているのではないかと思えるほどの若松監督の鬼気迫るパワーがこの作品にこめられているからだが、それ以上にその当時革命を夢見て、無念の死を遂げた若者たちの悲痛な魂が監督にこの作品を撮らせたような気がしてならなかった。

 あさま山荘の事件をテレビで幼少期に見た記憶がある自分ですら、あらためてこの作品に描かれている内容に愕然としてショックを受けた。それは、まるでアウシュビッツから生還した人々の証言を聞いた時のように、当時の生き証人が語る真実の重みがある。この作品が国内外で賞を受けるほど評価されたのは、その時代の状況を決して偏向した視点でなく、冷静にその事実を描こうとしている姿勢、そして何よりもそこにいつの時代も抱えている社会の矛盾や、それに抵抗しようとする人間のたくましさ、そして理想と現実の落差を目の当たりにした時の人間の苛立ちや苦悩、絶望感、それが故に罪を犯す人間の愚かさなど、普遍的なテーマが切実に観客を訴えているためだ。

 この作品や、昨年のカンヌ映画祭受賞作「4ヶ月、3週と2日」もそうだが、これらの作品は、ある時代の一局面を舞台にそこに生きる若者たちの生きざまを描くことで、我々に生きることの意義を考えさせてくれる秀作であり、多くの人たち、特に若い世代の人たちが見るべき作品だと思う。ところがである、数々の賞を受けるほど、評価されている作品ながら、東京都内でこれらの作品を上映している映画館がひとつしかないのである。ハリウッド大作のように、同じシネコンで同時に上映しろとは言わないが、せめて都内の数ヶ所で同時公開されても、不思議ではない映画だ。決して一部の人しか理解できないような難解な作品でも、マニアックな作品でもない立派な作品である。何とも変な話である。

 毎年発表されるキネマ旬報をはじめとする映画のベストテン。ここ数年、それらの作品をどれくらいの人間が劇場で見ているのだろうか?一般の人がベストテンの作品リストを見ても、そのような映画が一体、いつ頃上映されていたのか、その存在すら知らない人が大勢いるような気がしてならない。もはやそれらベストテンは、業界人と一部のマニアックな人々のためのものでしかないのか?一般の人たちは、いたるところで上映されている宣伝の派手なハリウッド映画や、テレビ局がバックについた邦画などをマスコミに煽られるように見に行くだけである。

 こうした日本での興行形態の歪みの根底には、映画をひとつの文化としてみなしていない風潮があるからだろうか?最近、映画上映に関する気になったニュースがあった。ひとつは様々な事情により「靖国 YASUKUNI」」の上映中止する劇場が出たと話題になると、当初よりも公開する劇場が増えたという皮肉な出来事。その一方で六本木のシネコンでは人気若手俳優の作品をすべてのホールで同時上映するイベントがあり、全国からファンが集まったというトピック。決してその俳優の出演した映画がダメとは言わないが、立派で快適な劇場がいくつもありながら、上映すべき隠れた名作は他にもあるだろうと思う。作品の質は二の次で、とにかく客が集まりそうだと聞けば、とりあえず集客して後はDVDをどうぞという現在の興行システムは、あまりにも観客をバカにしている。そのことは 先日ヒストリーチャンネルで見た岩波ホールの高野悦子さんのドキュメンタリーとNHKで見たロバート・レッドフォードのインタビュー番組でも、同様の憂いを述べており、やはり現在のアメリカの興行システムや風潮の悪い部分の影響が日本にも起きているような気がしてならないのは自分だけだろうか?

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